大きな変更、というわけではありませんが、TOPPAN CVCは2024年度に入り、投資体制を再構築しました。投資分野についても、全社の中期経営計画に沿った形で改めて整理しています。
そこで今回の記事では、TOPPAN CVCがどんな分野で、どんなスタートアップと、どのような資本業務提携をしたいと考えているのか、国内投資を担当する、内田多、高橋琢朗、飯田輝の3名に聞きました。TOPPANとの協業や出資を検討しているスタートアップは、ぜひご覧ください。
DX・SXを中心に、メタバースやヘルスケア、バイオなどにも投資
── 今年度から投資体制が少々変わりました。どのような体制になったのか、教えてください。
内田:
2024年度から、TOPPAN CVCを所管する戦略投資部は「国内投資チーム」「海外投資チーム」「事業共創チーム」「投資管理チーム」の4つのチームを組成して、国内投資チームはこの3人が主担当となりました。
私は長く投資を経験しているものの、高橋さんと飯田さんにしても、自分でスタートアップ業界のネットワークを構築し、ベンチャーキャピタルや起業家からスタートアップを紹介してもらうまでに信頼を築いています。また、自分でソーシングしてスタートアップを探し出し、投資を上申して投資委員会を通し、今期も既に投資を実行しました。安心して投資を任せられるほど頼もしくなってきており、国内投資の一端を任せるに至っています。
内田 多 | UCHIDA Masaru TOPPANホールディングス株式会社 事業開発本部 ビジネスイノベーションセンター 戦略投資部 2010年 凸版印刷入社。法務本部にて、BookLiveやマピオン等のデジタルコンテンツ領域を中心に法務業務に従事。広告企画・開発部門を経て、2016年より、ベンチャー投資およびM&Aを通じた事業開発を担当。サウンドファン、キメラ、combo、ナッジ、Liberaware、オシロ、Anique、Chai、INDUSTRIAL-X、Ascendersなどを担当。早稲田大学大学院 経営管理研究科修了。早稲田大学イノベーション・ファイナンス国際研究所招聘研究員。 |
── 今、TOPPAN CVCはどのようなテーマを投資の重点領域に定めているのでしょうか。
内田:
まず、TOPPANは全社的に「DX」と「SX」に注力してますが、これに対しては大まかに、高橋さんがDXを、飯田さんがSXを担当しています。
高橋:
DXに限らず、TOPPAN CVCのスタートアップ投資は資本業務提携(協業を伴った出資)を前提としています。そのためTOPPANとの協業を考えると、BtoBを展開している会社の方がどちらかというと投資のイメージが湧きやすいでしょう。本来はTOPPANがやりたいのだけれどもできていないことを実現しているプレイヤーとは、特にご一緒していきたいと考えています。
高橋 琢朗|TAKAHASHI Takuro TOPPANホールディングス株式会社 事業開発本部 ビジネスイノベーションセンター 戦略投資部 大学を卒業後、2018年に凸版印刷株式会社に入社し、CVC部門に配属。2021年より事業開発にも取り組み、サービス開発のオペレーション回りを担当。メトロエンジン、ユニファ、TCM、グラファー、トレタ、Liberaware、Chai、CO-NECTを担当。 |
高橋:
DXについては、スタートアップ自身でサービスは開発しているけれども顧客ネットワークを構築している段階で、一方で対象業界とTOPPANの既存事業が既に関係性を築いている場合には、営業やマーケティング面からお互いの良さやポジションを活かした連携ができるのではないかと考えています。
例えばTOPPANはBPO事業にも力を入れていますが、DXによるオペレーションの改善・高度化が期待できたりするスタートアップとは相性がいいはずです。
── SXは、具体的にどんなサービスに注目していますか?
飯田:
TOPPANが実物の商品を扱っているということもあり、SXについては「アップサイクル」や「未利用資源」に注目しています。
TOPPANはこれまでオフラインコミュニケーションを軸に、3万社以上と関係を築いてきました。そのため、スタートアップとTOPPANだけでなく、小売店や実店舗と協力し、複数社で新たなアップサイクル施策を実現できないか構想しています。
またTOPPANは印刷が祖業です。印刷業においては、程度の差はあれどどうしても紙類などの廃棄物が出てしまいます。しかし、例えば、その廃棄物を再生紙やバイオジェットなどに変換する技術を用いれば、環境負荷を軽減できる可能性がある。未利用資源という意味では、こういった分野に積極的に取り組んでいきたいですね。
飯田 輝 | IIDA Hikaru TOPPANホールディングス株式会社 事業開発本部 ビジネスイノベーションセンター 戦略投資部 2019年に凸版印刷株式会社に入社。大学時代には、全世界の投資家とスタートアップのマッチングイベント「Slush」のコアメンバーとして、持ち前のコミュニケーション能力を用いて、チームを束ねた。入社当初からCVC部門に所属、海外留学などのバックグラウンドを活かし、スタートアップ企業との資本業務提携による事業開発を推進。2年間、自身の投資先に出向、営業及びIPO準備を社員の一員として支援。担当先はLinc’well、ザ・ファージなど。 |
── DXやSX以外では、どのような分野への投資を検討しているのでしょうか。
内田:
「DXやSX以外」と括っているわけではありませんが、グループ全体の中期経営計画上の重点投資のテーマ、特に新事業としては「メタバース」「ヘルスケア」「バイオ関連」などが挙げられています。この辺りはCVCでも重点的に投資していきたい分野ですね。
なお、以前はゲーム開発とバイオは投資としては難しいテーマだったのですが、現在はここも投資の範囲に含めました。特にバイオに関しては、これまでCVCとしてはあまり触れてこなかった領域なので、頑張らないといけないですね。
中期経営計画における重点投資領域(統合レポートより抜粋)
内田:
個人的には、エンタメはJapan to Globalで勝てるテーマだと思っていますし、好きな分野でもあります。社会人になってからコンテンツ系を取り扱ってきたこともあって、この分野へ投資できるように活動していきたいですね。
子会社の社長と直接やりとりして、スピーディな意思決定を実現
── このような投資方針の中、2024年度上半期にどのようなスタートアップに投資したか、教えてください。
高橋:
2024年7月にはBtoB受発注システム「CO-NECT」を展開するCO-NECT株式会社と資本業務提携を締結しました(プレスリリース)。この出資は先述したDXの文脈に沿うものです。
昨今SaaSを提供する各社は、BPaaS(Business Process as a Service)への関心を高めていると言われていますが、BPaaSは必ずしも1社単独で提供しなくてもいいのではないかと我々は考えています。つまり、フロントのSaaSをスタートアップが、裏側のBPOをTOPPANが担うというビジネスモデルが成立しうると考えているんです。このアイディアを実現するため、現在BPaaSに注力しているCO-NECTと資本業務提携をするに至りました。
内田:
高橋さんが遠慮しているので私から補足しますが(笑)、CO-NECTとの協業にはBPOのケイパビリティをもつ、TOPPANホールディングス株式会社と株式会社ベルシステム24ホールディングスとの合弁会社である株式会社TBネクストコミュニケーションズが関与しています。TBネクストコミュニケーションズとはグループ会社として、LINEで完結するオンラインショップ開設プラットフォーム「BuyChat」を提供する株式会社Chaiとの資本業務提携以来、連携を深めてきました。
BuyChatが作る一気通貫の購買体験。スモールビジネス×ECで実現する、温かみのある接客 | Chai × TOPPAN 協業への扉
内田:
CO-NECTへの投資については、そのTBネクストコミュニケーションズの社長と高橋さんが直接やりとりをして、協業案をまとめてくれています。直接やりとりをしているから意思決定も早くて、CO-NECT側からもそこを評価いただきました。つまりグループ企業の子会社の社長も、出資担当者である高橋さんが直接連携・相談できるコミュニケーションラインを築いているということです(笑)。
高橋:
補足ありがとうございます(笑)。
内田:
上半期への投資として、私はAscenders株式会社を担当しました(プレスリリース)。同社は、ピラティスのスタジオのようなスポーツ関連のリアルアセットを運用している会社です。私はTOPPAN CVCに来て8年超、ずっとスポーツ領域へ投資をしたかったものの、なかなか実現できていなかったのですが、今回ようやく実現することができました。
TOPPANとスポーツというと接点が薄いと感じるかもしれません。ただTOPPANにはスポーツビジネス推進部という部署があります。ここを中心に、これまでオリンピック・パラリンピック競技大会やラグビーワールドカップなどのスポンサーを務めてきました。同部署は、国際規模の競技大会の計画・実行・運営も経験し、プロチームや競技団体のマーケティング支援やIP運用といった、スポーツチームの新しいマネタイズにも取り組んでいるのです。
そんな状況の中、TOPPANが培ってきたノウハウを活用して、アセット運用の知見や実績・経験、人材などをもつAscendersとタッグを組めば、マネタイズの新しい道筋を作れるのではないか。そう思い、資本業務提携に至っています。
飯田:
私が今年最初に担当したのはヘルスケアの会社です。TOPPANホールディングスは血糖値コントロールソリューションを提供する株式会社ザ・ファージと資本業務提携を締結しました(プレスリリース)。同社はヘルスケアテクノロジー企業であり、現在は特にヘルスケアビッグデータを活用した食後の血糖値を予測するAIを開発しています。
近年、技術発展に伴い非侵襲で(採血せずに)血糖値が測定できるようになってきました。ザ・ファージはその測定結果の波形データを使って「この人がこの食事を摂ると、血糖値はどういった状態になるか」という情報を可視化するサービスを開発しています。この情報を使って食事評価の個別最適化に繋げていく、というわけですね。
他方、TOPPANでは「生活・産業事業本部 パッケージソリューション事業部」という部署が、ヘルスケアのパッケージ印刷を取り扱っています。例えば滅菌処理した薬の袋といったものです。とはいえこの部署は、パッケージ印刷だけをしているわけではありません。食品やヘルスケア用品の商品企画を入口に、最終的にパッケージやブランディング、セールスプロモーションにまで繋げる総合ソリューションをクライアントに提案しているんです。ザ・ファージと協業できれば、この提案の幅を広げられる可能性があると思い、出資に至りました。
内田:
ザ・ファージへの出資を議論する際の投資委員会に社長が来社され「飯田さんが本当に寄り添って色々な提案をしていただき感謝しています」といった趣旨の発言をしていて、本当に頑張ったんだなと感じました。
飯田:
こちらも補足をありがとうございます(笑)。
研究開発系やムーンショット投資も手掛ける
── 投資候補スタートアップをソーシングするに際して、TOPPAN CVCに特有の論点はありますか?
飯田:
先述したように、私はSX担当としてアップサイクルや未利用資源に注目しているのですが、これらはTOPPANで研究開発を担う総合研究所も注目しているテーマです。そのため技術者のアイディアに沿った技術やサービスを保有するスタートアップとも連携できる可能性もあると考えています。研究開発系やディープテックとなると、時間軸を長くみないと協業できないため難易度が高くなるのですが、なんとか形にしていきたいです。
── 社内の技術者のテーマは、CVCとしてどのように把握しているのですか?
飯田:
TOPPANでは不定期に、社内向けの技術展示会を開催しています。これは総合研究所の研究員がどのようなテーマを研究しているか、ポスター展示などをするものです。直近の展示会では30〜40テーマが発表されていました。こういったものに参加したり、別の機会に交流させてもらったりして、技術内容を確認しています。
── ここで出会うまで全然把握していなかった、といったものもあるのでしょうか。飯田さんが把握していないのなら、外部のスタートアップも当然把握できないと思います。
飯田:
全然知らないものもありましたね。その中で「このテーマはCVCと合うかも」と思うものがあれば、個別に時間をもらって詳細を確認します。その後、内容とマッチするスタートアップと出会ったら、再度相談しにいくという具合でコミュニケーションをとっていますね。
外部のスタートアップも当然この内容はわかりませんので、もし「自社の研究開発がTOPPANとマッチしているか / 被っていないか」なんて気になる会社があれば、お気軽に私に問い合わせてほしいです。
高橋:
研究開発系以外でも、TOPPAN CVCが「探索領域」と表現している、TOPPANの既存事業とは少し遠いけれど、出資を契機にその領域でご一緒できるようなスタートアップとの資本業務提携も増やしていきたいと考えています。
内田:
見方によりますが、Ascendersは内部的には探索領域への投資に分類しています。探索投資のポイントは、スタートアップとTOPPAN両社の戦略が、市場やビジネスモデルという観点から「将来的に」マッチさせられるか。なのでCVCとしては、事業部門やグループ会社が「今」取り組んでいることではなく、少し先の戦略を理解しておくことが、探索投資を生み出すためには大事になってきますね。
内田:
TOPPANではCVCを8年ほど運営しているのですが、これだけ時間が経つと、既存事業寄りの案件が増えて探索的な投資が減ってしまっているんです。どうしても既存事業に近いほうが投資しやすいですからね。
一見すると「TOPPANと関係ないよね」と思われてしまう領域は、投資委員会を通すストーリー設計の難易度が高くなります。そのために大事なのは、飯田さんみたいに研究員とディスカッションして技術への理解を深めたり、IT系でも将来的にはTOPPANと協業できたるするかもしれないといった仮説を立てることです。
TOPPANは2023年にホールディングス化し、CVC機能はホールディングスに備わっています。しかし事業ポートフォリオの変革は経営上の大きなイシューで、CVCはそこにも貢献していかなければなりません。より強く意識していかないと既存事業寄りの投資が続いてしまうので、探索機能は意識的に強化したいと考えています。
── 最後に、スタートアップへのメッセージをお願いします。
高橋:
TOPPANは現在、グループ全体でスタートアップとの積極的な連携を考えています。サービス開発部門だけではなく、研究開発分野でもです。TOPPANは幅広い分野で事業を展開しているので、どんなビジネスモデルのスタートアップでも何かしらの接点はあると思います。ディスカッションからでも大丈夫なので、色々お話させてください。ご連絡をお待ちしています。
内田:
あとCVCメンバーも絶賛人材を募集中です! 投資や協業の推進に興味のある方も、ぜひご連絡ください。
(取材・執筆:pilot boat 納富隼平、撮影:ソネカワアキコ)