2023年、TOPPANホールディングス株式会社(以下「TOPPANホールディングス」)は、株式会社Chai(以下「Chai」)と資本業務提携契約を締結しました。Chai社はスモールビジネス向けに、LINEで完結するオンラインショップ開設プラットフォーム「BuyChat」を提供するスタートアップです。
なぜLINEを使ったECがスモールビジネスに必要なのか、TOPPANはどうしてこの領域に関心を抱いたのか、両社が手を組むことで何を実現していくのか。Chai代表取締役CEOの西澤さんと、TOPPAN CVCでChaiを担当する内田と高橋に話を聞きました。
オフラインのスモールビジネスの強みを、オンラインでも
── Chaiが提供しているサービスの概要を教えて下さい。
西澤(Chai):
Chaiがメインで展開しているのは、LINEで完結するオンラインショップ開設プラットフォーム「BuyChat」です。ショップオーナーさんがリソース・ノウハウ不足で対応できない困り事を解決するBPO事業も運営しています。
顧客として想定しているのは、スモールビジネスに携わる方々。例えば個人の刺繍作家、醤油屋、アパレルショップ、ガラス工房、ハンドメイドアクセサリー屋などです。EC初心者の方が簡単にお店を開設し、長く使い続けられるようなサービスを目指しています。
西澤 理花 | NISHIZAWA Rika
株式会社Chai 代表取締役CEO 1996年生まれ。UC Berkeley学士号とColumbia University修士号を取得。2018年に卒業後、帰国し株式会社Chaiを創業。ドッグフードのD2C事業を立ち上げグロースさせる中で、顧客接点における課題を現行のECツールに見出し、独自のECプラットフォーム「BuyChat」を開発。「ECを軸にスモールビジネスをエンパワーする」をミッションに掲げるとともに、日本の地域の魅力を発信するために国内のみではなくグローバル展開も視野に入れて活動中。 |
西澤(Chai):
BuyChatの特徴は、LINEで買い物体験の全てを完結できることです。LINEは10代の若者から80歳を超えるおじいちゃん・おばあちゃんもが使うインフラとなっているので、BuyChatを使ってオンラインショップを開設すれば、国内のあらゆる世代の方にスモールビジネスを広げられる可能性が生まれてきます。
また、LINEでショップを開くもう1つのメリットは、顧客とのコミュニケーションの取りやすさです。例えば、実店舗やマルシェといったオフラインショップに来店した方にお店のLINEに登録してもらえば、「今日はご来店ありがとうございました」という挨拶から自然にコミュニケーションを始められます。顧客との関係が築きやすいので、結果としてその後の継続購入にも繋がりやすいですよね。
内田(TOPPAN):
西澤さんがおっしゃったように、日本人はLINEのUIに慣れているので、このUIを使うことでオンラインショッピングへの敷居を下げられます。無理に新しいUIを使うことで、顧客が慣れるまでに時間がかかるといったことがないのはいいですよね。
内田 多 | UCHIDA Masaru
TOPPANホールディングス株式会社 事業開発本部 ビジネスイノベーションセンター 戦略投資部 2010年 凸版印刷入社。法務本部にて、BookLiveやマピオン等のデジタルコンテンツ領域を中心に法務業務に従事。広告企画・開発部門を経て、2016年より、ベンチャー投資およびM&Aを通じた事業開発を担当。サウンドファン、キメラ、combo、ナッジ、Liberaware、オシロ、Aniqueなどを担当。早稲田大学大学院 経営管理研究科修了。早稲田大学イノベーション・ファイナンス国際研究所招聘研究員。 |
西澤(Chai):
ウェブ型のECサイトは商品一覧があって、お問い合わせコーナーがあって……といったように、20年前から構造は変わっていません。なので現代に合ったUIは確かに必要だと思っています。また、ほとんどがオフラインやSNSを流入経路としていることに鑑みると、スモールビジネスにはそもそもSEOを気にする必要がなく、ウェブサイト型のECを用意する必要はありません。むしろ使い慣れているUIや、コミュニケーションのとりやすさ、気軽に買い物ができる体験を用意する方が大事だと感じています。
西澤(Chai):
BuyChatでは、SNS、Web、メルマガなどを行き来する必要がなく、LINEだけで顧客とコミュニケーションが完結するので、顧客の離脱が減る、ファンを育てやすいという点も見逃せません。今後自動応答の機能等を追加する予定はあるものの、スモールビジネスの方々の強みは商品の魅力を伝える力や接客力なので、チャットと温かみのある接客とは上手く併存させたいと思っています。
内田(TOPPAN):
スモールビジネスにとっては新規の顧客獲得をするよりも、既存顧客にファンになってもらうほうがビジネスとしても効率がいいことも多いので、スモールビジネスがファンを育てられる仕組みになっているのはいいですよね。
── ショップ側はBuyChatを使って、どのようなことができるのでしょうか。
西澤(Chai):
ショップは管理画面を使って顧客とコミュニケーションをとりますが、そのための便利な機能がBuyChatには備わっています。これまでオフラインでやってきた接客を、オンラインでもできるようにしたイメージです。
過去のやりとりを確認できることはもちろん、顧客ごとにタグやメモを管理できます。例えばペット用品ショップだったら、顧客の犬の名前をメモしておき、その後のコミュニケーションでさりげなく名前を出すといったことが可能になるでしょう。自分の大事なペットの名前を覚えてくれていたら嬉しいですよね。他にも、コミュニケーションの中に散りばめられている顧客のニーズをメモしておくことにより、新作が出た際などに相性の良い商品を提案したり、クーポンを発行したりと1対1の接客が可能になります。
西澤(Chai):
とはいえ、BuyChatだけでスモールビジネスの方が抱える課題全てを解決できるわけではありません。BuyChatで不足するところは、BPO事業などを通してサポートしていきたいと考えています。今はオンラインショップの運用・開設サポートとSNSマーケティングのサポートが主ですが、TOPPANさんを含めた外部企業の方々と連携しながら、スモールビジネスのコマースに関わる課題を一気通貫かつ長期的にサポートしていきたいです。
BuyChatをきっかけに、日本のスモールビジネスを世界へ
── オンラインサービスを開設するサービスは、数年前からBASEやSTORES、Shopifyなどが存在感を発揮しています。なぜ今オンラインショップのプラットフォームを手掛けたのでしょうか。
西澤(Chai):
おっしゃるとおり、数年前から誰でもオンラインショップを簡単に開設できるようになりました。とはいえ、ショップを開設しても、実際に運用を継続できるショップは3%程度というデータもあるほど、スモールビジネスがオンラインショップを運用するのは大変です。
スモールビジネスのオンラインショップにはまだまだ可能性が眠っているけど、それを解放するためには課題も多い。それらを解決したいと思い「ECを軸にスモールビジネスをエンパワーする」をミッションに掲げ、BuyChatを開発しました。
── スモールビジネスにはどんな可能性が眠っていると考えていますか?
西澤(Chai):
私はずっと海外で過ごしてきましたが、外からみると、スモールビジネスの技術力やものづくりの質の高さ、地域力は間違いなく日本の強みだと感じます。商店街の醤油の質があんなに高いなんて、他の国ではありえません。日本のスモールビジネスには独自の強みがありますし、越境でも戦える商品・サービスだと考えています。
しかし多くのスモールビジネスの主戦場は未だオフライン。これに少しでもオンライン販売を増やせれば、日本のスモールビジネスにとっての活躍の幅が広がると考えています。
── BuyChatはまだまだ機能を増やしていくと思いますが、中長期で追加していく予定の機能を教えてください。
西澤(Chai):
リアルな接客要素は残しつつも、LINEの一元管理だからこそ蓄積できるデータを活用した機能を追加したいと思っています。既存のプラットフォームでは、集客はSNS、購入はウェブ、その後の連絡はメルマガで、リピート購入はウェブで……といった具合に、顧客接点がバラバラなため、顧客データが取りにくいケースも少なくありません。
一方でBuyChatはLINEで完結するチャットベースのサービスなので、データを一気通貫で取得できます。そのため例えば「どういった配信をすると顧客ナーチャリングしやすい」といったCRM的な役割も担えるかもしれませんし、「こういうターゲットがいるなら、こういう商品を企画をしたらどうか」といった提案もできるようにしていきたいです。
また今はLINEにのみ対応していますが、将来的にはWhatsAppやWeChatにも対応できるようにしたいと考えています。日本に来た旅行客が帰国後にも商品を買えるよう、越境ECプラットフォームへの展開も進めていきたいですし、実際、今検証を進めているところです。BuyChatを日本のスモールビジネスが世界で活躍できるきっかけになるサービスにしていきたいですね。
両社の提携で、環境変化をチャンスに
── それでは、ChaiとTOPPANの資本業務提携の話を聞かせてください。TOPPANはChaiのどこに魅力を感じたのでしょうか。
内田(TOPPAN):
「スモールビジネスを応援する日本の宝となる起業家がいる」と紹介されたのが西澤さんでした。ちなみに初回のミーティングでは「西澤さん、超優秀だな」と感じたのを覚えています(笑)。
高橋(TOPPAN):
それで西澤さんからChaiの話を聞いていたら、TOPPANの九州事業部が運営している、1000ロットからオーダーできるパッケージのデジタル印刷サービス「EASY ORDER PACK」を使っていただいていることが判明しました。それもあって、初回のミーティングから投資後の協業イメージはもちやすかったですね。
高橋 琢朗|TAKAHASHI Takuro
TOPPANホールディングス株式会社 事業開発本部 ビジネスイノベーションセンター 戦略投資部 大学を卒業後、2018年に凸版印刷株式会社に入社し、CVC部門に配属。2021年より事業開発にも取り組み、サービス開発のオペレーション回りを担当。メトロエンジン、ユニファ、TCM、グラファー、トレタ、Liberawareを担当。 |
西澤(Chai):
BuyChatを開発するにあたり、より身近にショップ運営を感じるために自分たちでもショップを持とうという話になって、Chaiはワンちゃんのおやつブランド「Pelo」も運営しています。そのパッケージにTOPPANさんのEASY ORDER PACKを使っていたんです。
高橋(TOPPAN):
BuyChatとEASY ORDER PACKとの相性は明らかに良かったので、資本業務提携にあたって、まずは相互送客を始めました。
EASY ORDER PACKのサイトからBuyChatへ送客
西澤(Chai):
まだ資本業務提携は始まったばかりで今後の展開は検討中ですが、データは上手く活用したいと考えています。例えばパッケージなら、「この商品はこういうターゲットだから、こういうパッケージがいいはず」といったことがちゃんとデータとして可視化できれば、今の時代ならAIで自動でパッケージのデザインを生成するなんてことができるかもしれません。そうするとTOPPANさんとの協業の幅が広くなるのではないかと思います。
内田(TOPPAN):
Chaiへの出資にあたっては、BuyChatのショップ立ち上げからその後の運用まで対応していくという顧客への姿勢もポイントになりました。TOPPANもオペレーションに特徴がある会社なので、顧客と伴走するといった点は商売のやり方として相性がいいと感じたんです。BPOとして人力でカスタマーサポートをしつつ、その知見を活かしてAI化することは、ショップオーナーにとってもプラスだと思っていますし、TOPPANとしても中長期的に対応していかなければならない領域です。そういった面での連携も今後は深めていきたいですね。
西澤(Chai):
TOPPANさんは大手企業向けにパッケージ事業を展開していますが、スモールビジネス向けとなると、また異なる戦略が必要になるかもしれません。お互いの知見を持ち寄ることで、パッケージが強いTOPPANとスモールビジネスに対応しているChaiで、上手く連携したいですよね。まだ具体的に考えきれているわけではありませんが「スモールビジネス向けの商品企画といえばTOPPAN × Chai」と言われるような協業をしていきたいです。
高橋(TOPPAN):
TOPPANが得意とする大手企業も、近年、売り方を少しずつ変えていこうとしています。この状況を放っておくといずれ、TOPPANの既存事業はBuyChatのような事業を脅威と感じるかもしれません。しかし事前に資本業務提携をして関係性を築いておけば、ChaiにもTOPPANにもプラスにできるはず。CVCが音頭を取って上手く調整していきたいですね。
内田(TOPPAN):
またTOPPANは企画開発も営業も、従来型のオフラインが強い会社です。オンラインの影響は今後ますます強まっていくことは間違いないですし、それに自分たちだけで対応していくには限界があると思っています。そのため、Chaiのようにオンラインが強い会社とは中長期的に上手く連携していきたいんです。こういう長いスパンを見据えたシナジー効果を作っていくのもCVCの腕の見せどころだと思うので、この点も注力していきたいですね。
高橋(TOPPAN):
そういう意味ではこれもまだアイディアベースの話ですが、「メーカーの商品開発にBuyChatを使えないか」なんていうことも考えています。メーカーの方々が商品を開発したものの、エンドユーザーの生の声が取得しにくいという課題感を抱えているということは少なくありません。
その点BuyChatはエンドユーザーと繋がっているので、そこから商品開発に繋がる情報を取得できますよね。もしそんなことが実現できれば、西澤さんがおっしゃったような「Chai × TOPPAN」が、スモールビジネスだけでなく大企業向けの武器になると思うんです。
西澤(Chai):
BuyChatは今、小規模経営や地域密着のスモールビジネス向けのサービスとなっています。Chaiのミッションである「ECを軸にスモールビジネスをエンパワーする」という軸はブレないような形で、近い将来、今よりも少し大きめの企業や大規模な地域密着ショップなどにもリーチしていきたいと考えています。そういった方々はTOPPANさんが得意先にしているので、そういった連携も深めていきたいです。
── 最後に、両社の取り組みを中長期的にどうしていきたいか、教えてください。
西澤(Chai):
Chaiは、これまで発掘されなかった日本の素敵な商品を、世界中の誰でもが買える環境を作っていきたいと考えています。スモールビジネス1ショップあたりの価値が1だとしても、2ショップの価値は3にも4にもなりますし、それが商店街になったら価値はもっと大きくなります。ChaiはプラットフォームだけでなくBPOも大事にしていきたいと考えていますが、必ずしも1ショップ毎に対応したいというわけではなく、商店街、地域単位でBPOしていきたいと考えています。その延長に、日本の地域に根付くものが越境で世界中に届けられる世界が待っているはず。TOPPANとは、そういった世界線を一緒に作っていきたいと思っています。
内田(TOPPAN):
やっていきましょう(笑)。
西澤(Chai):
頑張りましょう(笑)。
── 西澤さん、本日はありがとうございました。
(執筆:pilot boat 納富 隼平、撮影:ソネカワアキコ)