「スタートアップ出向」とは、企業の社員が所属企業に籍を置いたまま、スタートアップ企業に出向して業務に従事することです。
スタートアップ出向は大企業におけるオープンイノベーションの一環であり、人材育成の効果も注目されています。大企業は既存事業の運営には豊富なノウハウがあるものの、イノベーションや新規事業の立ち上げを得意とする人材が限られていることも少なくありません。
また出向を受け入れるスタートアップからしても、人材リソースが限られる中で優秀なメンバーを期間限定で自社に招き入れることや、大企業ならではの管理体制やノウハウを事業運営に取り込めること、出向元の企業と協業している場合はコミットメント高く推進できることなど、多くの利点が期待できます。
出向する/受け入れる際の狙いや事例、運用上のポイントなどを整理していきましょう。
出向する企業にとってのメリット
まず出向元となる企業にとってスタートアップ出向は新規事業に挑戦できる人材を育成できるというメリットがあります。
株式会社野村総合研究所のコンサルタント中村凌熙氏 が「これからのグローバル競争を勝ち抜くためには、既存事業を経営しながらイノベーション経営を進める『両利きの経営』 が不可欠である」と指摘するとおり、大企業には既存事業の拡大や効率化だけでなく、新規事業への探索や挑戦が必要です。
しかし中村氏は多くの大企業で新規事業の開発に従事できる環境が減っていることを指摘しています。例えば、グローバル化にともなう海外展開は多くの大企業にとっての新規事業でしたが、近年では海外拠点の設置も完了し、国内・海外ともに管理業務に比重が置かれることも少なくありません。必然的に、社員が事業の立ち上げに関わる機会が希少なものとなってきているといいます。
(参考:中村凌熙,2020.「スタートアップ出向という「修羅場の経験」を通じた. イノベーション創出の動き」)
また出向者にとっても、勤め先の企業を退職するリスクを取らず、籍を置いたまま新たな環境でチャレンジできるメリットがあります。スタートアップならではのスピード感や、裁量の大きい仕事への挑戦は成長機会としてとても良質な経験に違いありません。
社員が新たな経験を積むという視点で考えられる類似制度と比較してみました。
表中に記載がありますが、大企業に在籍したまま社員が自らスタートアップを起業する「出向起業」という選択肢もあります。スタートアップ出向と同様、未経験の環境で新規事業に携わることに留まらず、創業にともなう困難に経営者として立ち向かうという大きな負荷のもとでの挑戦となります。
受け入れるスタートアップにとってのメリット
スタートアップ出向は大企業にとってのみならず、受け入れ先となるスタートアップにとっても、優秀な人材の獲得や大企業との関係強化に繋がります。
大企業からスタートアップへの出向を仲介する株式会社ローンディールは、60社のスタートアップへ計194名の出向を支援(2022年4月1日時点)しており、オウンドメディアでは大企業の社員がスタートアップのメンバーとして活躍する様子を数多く紹介しています。
近年、スタートアップに関心を持つ若者が増えてきてはいますが、大学生の就職先としては大企業のほうが人気であり、大企業に就職した人材がスタートアップへ活躍と成長の場を求める流れは以前続いていきそうです。
スタートアップからしても大企業で大規模な事業運営に携わる優秀な人材や、大企業ならではの事業ノウハウ・管理手法を心得た人材を流動的な形で受け入れられることは、組織構築に大きく役立つはずです。
また出向をきっかけに大企業の顧客基盤やブランド力を活用するパートナーシップを結ぶなど、関係強化も期待できます。
2020年4月に、LayerXが三井物産、SMBC日興証券、三井住友信託銀行の3社と立ち上げたジョイントベンチャーでは、LayerXだけに留まらず他の3社からも出向者を出して本格的に取り組んでいるといいます 。
(参考:fastgrow「JV立ち上げのポイントは「エゴを消すこと」と「コミット引き出す座組み」──アセマネ業務の10倍効率化を目指す、LayerX×三井物産の新会社設立の軌跡」)
協業などを両社で推進する場合、出向で人材を受け入れることによって円滑に進めていく狙いを持つ場合もあります。
*ジョイントベンチャーについては、過去投稿したコチラをご覧ください。
スタートアップ出向の事例
株式会社丸井では、株式会社ミナケア、GMOペイメントゲートウェイ株式会社、株式会社グローバルトラストネットワークス、BASE株式会社といったスタートアップ企業に社員が出向しています。
インタビューでは『出向は、丸井グループの「職種変更」で今まで経験してきた「いろいろなジャンルに異動すると成長する」ということを、さらに実感できる。』と語られる通り、新しい環境で裁量を持って業務に携わることが良質な機会となっていることが伺い知れます。
(参考:「スタートアップ企業との共創を通じて見えてくる未来の丸井グループ」)
またパナソニック株式会社では化粧品事業や旅行事業、コンサルティング事業などを手がけるパス株式会社へのスタートアップ出向を行っています。出向したのは。コーポレート戦略本社人材戦略部でパナソニック社内の人材戦略の立案や人事諸制度の設計を担当している33歳(当時)の若手社員です。
(参考:Forbes JAPAN,「パナソニックが挑む「出向による人材育成」」)
効果的に運用するためのポイント
スタートアップ出向を意義あるチャレンジにするために、気を付けたい一般的なポイントがいくつかあります。
知的財産や技術の帰属
スタートアップ出向を実施する前に、出向元の大企業、出向先のスタートアップとの間で、知財や技術の帰属を取り決めて契約をしましょう。
知財や技術はスタートアップの生命線なので、出向先・出向元双方は十分な配慮をする必要があります。大企業からの出向者が中心となり、スタートアップで知的財産や新規技術を開発した場合、どちらの企業に権利が帰属するのかなどは忘れずに予め定めておくべきです。
出向中のサポート
出向中は、出向元の企業からもサポートが必要な場合も少なくありません。慣れない環境で業務に当たるため、出向者が体調やメンタルを崩してしまう可能性などもあります。出向元の企業が定期的に面談を行い、出向目的の達成状況を把握するとともに、出向者の悩みを共有するといった対応が取れるよう、社内で制度を整えておきましょう。
先述のローンディール株式会社の取り組みでは、ローンディールのメンターが訪問し、移籍者と1時間・移籍中の上司の方と30分程度対話をする機会があるようです。
スタートアップ出向はオープンイノベーションの一種
大企業の社員が籍を置いたまま、スタートアップの業務に従事するスタートアップ出向は、大企業内に新規事業に挑戦できる人材を育成するための取り組みとして注目されています。ただし人材育成に留まらず、企業同士の関係強化や協業の推進など様々な狙いと形式・効果が存在します。
今後こうしたスタートアップへの出向が増えていくとともに、潜在的なビジネスチャンスの掘り起こしの場としても機能していくかもしれません。
凸版印刷でも協業推進のためにスタートアップ企業との人材交流を積極的に検討しています。ご興味がある企業様は以下のリンクからお問い合わせください。
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