スタートアップ・ベンチャーの資本政策 -注意点と作成方法-

これから出口戦略を考えるスタートアップのベンチャー企業において、事業計画書と並んで重要になるのが「資本政策」です。資金調達や株式の比率など、会社にとってエネルギーとも言える資金の流れをどう計画していくかは、経営者にとって大きな課題です。今回は、資本政策の作成方法と、ベンチャー企業が注意すべきポイントを解説します。

資本政策とは

「資金政策」とは、企業がどういう方法で資金調達をするのか、また株主構成や持株をどのような割合にするかなど、事業資金の計画を立てることを言います。英語では「Cap Table(キャップテーブル)」とも言われ、特にEXITを目指すベンチャー企業の場合は、株式公開や買収を検討する際に事業計画とともに重要な審査の対象となるため、慎重に立案することが望まれます。

成長著しい企業であっても、資金政策が杜撰に設計されていたり、途中でバランスを崩してしてしまうと、EXITの失敗の原因となることが少なくありません。また、IPOでのEXIT後にも安定した経営を行うためには、株式の流動性などを含めた中長期の計画を念頭に置き、投資家から高い評価を受けられるようにすることも重要です。

スタートアップ・ベンチャーに資本政策が重要である理由

スタートアップベンチャー企業に資本政策が必要な理由は、EXITに向けて事業を確実に成功させる指針となるためです。特に「資金調達」「株主構成」「創業者の利益」は重要な核となります。資本政策はいったん決定してしまうと、株主の既得権などにより大幅な修正が難しいため、慎重に検討を重ねて実行する必要があります。

●資金調達

ベンチャー企業の場合、融資よりも投資による資金調達がメインとなります。投資家(投資会社)には、ベンチャーキャピタル、コーポレートベンチャーキャピタル、エンジェル投資家などがあり、「いつ、どれほどの資金を、いくらのバリュエーションで行うか」がカギとなります。

●株主構成(安定株主対策)

継続的な経営の安定のためには、株主構成の最適化は重要です。特に、経営者の持株比率をどの程度に設定するかは注意が必要です。比率があまりに低いと経営権などの安定性が損なわれ、上場に支障をきたす可能性があります。

●創業者利益

株式売却による創業者の利益(キャピタルゲイン)も、資本政策の大きな柱です。売却により失われる権利に見合う適正な利益と、安定株主比率、流通株主比率を調整しながら決定します。

ベンチャー企業の資本政策の作成方法

資金政策を立てるためには、段階的な準備が必要になります。まずは事業全体の計画や到達目標など、EXITまでのスケジュールを練るところからスタート。その上で、資金に関する様々な計画を作成します。以下の項目では、資本政策に必要な流れを4段階に分けて説明します。

  1. 事業計画の作成

株式公開に向けての行動計画を記した書類で、資金調達や上場審査の際に必要です。また、経営者にとっては作成することで事業の整理ができ、改善点が明確になります。

  1. 投資計画の作成

事業計画に沿って、いつどれくらいの資金が必要になるかを算出し、その資金をどのように調達するかを計画します。

  1. キャッシュフロー計画の作成

調達した資金、事業に必要となる資金、株価の予想などを取りまとめ、事業にまつわるキャッシュの動きを系統立てて整理します。

  1. 資本政策表の作成

1~3で作成した内容を踏まえ、事業資金と株式に関する計画をまとめたものが「資本政策」となります。

①事業計画の作成

「事業計画」とは、事業全体の計画を表す書類です。事業内容の分析から始まり、売上目標や設備費用、株価の予測や発行数なども予測し、時系列で設計していきます。投資や監査を受ける際、外部に向けて事業内容を説明するために必要となる書類ですが、資金政策を立案するための基礎にもなります。

事業計画で注意したいのが、中長期にわたる現実的な計画を立てることです。例えばIPOの失敗例として、「上場ゴール」という言葉がありますが、上場前の成長に比べて上場後の業績が低いことを意味し、投資家からの評価が下がる原因となります。事業計画と資本政策が合っていない場合に起きやすいので、バランスの取れた計画を立てることが肝心です。

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②投資計画の作成

株式公開後などは市場からの資金調達が可能になりますが、それまでは金融機関からの借り入れ、または投資家やベンチャーキャピタルなどから資金を調達して事業を進めます。ベンチャー企業であれば、投資を受ける会社が大半となりますので、綿密な投資計画を準備する必要があります。事業計画に沿って収益や経費の推移、キャッシュ残高がなくなる時期を予測し、調達すべき金額やタイミングを決定しましょう。事業年度と月次で損益計算書を出しておくと説得力が上がります。ベンチャー企業は実績が浅いため、リターンが見込める理由を用意して、投資家を納得させることが大切です。

③キャッシュフロー計画の作成

「キャッシュフロー」とは、直訳するとキャッシュ(お金)+フロー(流れ)=事業資金の動きを意味します。入ってくるお金(キャッシュイン)と出て行くお金(キャッシュアウト)を、会計期間を区切って明確化することで、資金の不足が正確に把握でき、粉飾も難しくなるため、上場企業では「キャッシュフロー計算書」の作成が義務付けられています。

上場前のベンチャー企業には、キャッシュフロー計算書の作成義務はありませんが、資金調達の際にプラスの判断材料となるほか、自社の資金の動きをクリアにすることで経営にもメリットが生まれます。ぜひ事業計画と同時に、キャッシュフロー計画も作成しておきましょう。

④資本政策表の作成

事業計画、投資計画、キャッシュフロー計画が整ったところで、それらをベースとして資本政策を作っていきます。資本政策を作成する目的は、株主の構成や資金の流れを計画に落とし込み、円滑な経営と確実な資金調達を実現することです。資本政策には形式や項目に関する決まりはありませんが、インターネットで公開されているフォーマットもありますので、最初はそれらを参考にしてみるのもよいでしょう。

一般的に記載される内容としては、株主構成(比率)、資金調達額、資金調達方法およびタイミング、バリュエーション(株価)、創業者利益の割合、創業者の持株比率などが挙げられます。事業計画と同様、理想を追い過ぎて現状と剥離していないか、経営者以外の意見も取り入れながら、冷静な判断をするように心がけましょう。

ベンチャー企業の資本政策のポイント

上項で資金政策を作成するまでの流れを解説しました。その中で、スタートアップのベンチャー企業において、特に気をつけたい点を6つピックアップしました。多くの企業がつまずきやすいポイントですので、資金政策を立てる際には注意してください。

必要な額の資金調達

資金は事業にとって、事業を継続するためのエネルギーです。精度の高い事業計画をベースに、必要な資金とタイミング、調達方法を検討しましょう。資金調達の方法は数多くあり、その中で多くのベンチャー企業が選択するのが投資や株式発行による資金調達です。企業が資金調達する際の、代表的な方法を紹介します。

●自己資金

貯金などの個人で有する資産の額です。金融機関から融資を受けるときも、自己資産の額により、融資額が変動することがあります。事業が失敗した場合は失うことを理解しておきましょう。

●金融機関からの融資

実績の少ないベンチャー企業の場合は、一般の銀行から借り入れすることが難しいため、日本政策金融公庫の創業融資や制度融資、信用保証協会の融資支援制度を利用する会社が多くなります。

●株式発行(投資)

未上場企業の場合は、投資家との交渉により評価額が決まります。投資家(会社)には、「ベンチャーキャピタル(VC)」や、VCに加えて企業間のシナジー効果を狙った「コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)」、個人で投資を行う「エンジェル投資家」があり、将来性を見込まれ時価総額を高く評価された場合は、大規模な資金調達も可能です。

●その他

国や自治体からの補助金・助成金、家族や知人からの借入れで資金を調達する会社もあります。

株主の構成

資本政策の要となるのが株主構成です。上場前にしっかりと体制を作っていても、上場後は不特定の投資家に株式を譲渡することになり、議決権の割合も次第にバランスが変わってきます。そうなると特定の株主に発言権が集中したり、場合によっては創業者が経営権をはく奪されてしまうことにもなりかねません。

経営への過剰な関与を避けつつ、最大限に外部からの資金調達を実現するためにも、適正な株主構成を維持する対策を講じておくことが大切です。

ストックオプション

ストックオプションとは、役員や社員に対し、定められた価格(権利行使価格)で株式を付与するインセンティブで、社員のモチベーションアップや優秀な人材の確保に大きな力を発揮します。資金の面でも、現金報酬を抑える役割とともに、経営者が上場後の持株比率を回復させる保険として活用できます。ストックオプション発行の際のポイントをまとめました。

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キャピタルゲイン

キャピタルゲインは、日本語で「株式売却利益」とも言われます。資本政策においては、創業者の持株比率とのバランスが重要なポイントです。収益を重視し過ぎると持株比率が下がり、議決権が失われることになるため、どの時期にどれくらいキャピタルゲインを得るのか、適正な比率調整が必要です。

また、キャピタルゲインが予想を大きく下回った場合、投資家からの評価が下がり、継続的な資金調達が難しくなります。その一方で、キャピタルゲインが大きくなりすぎると、社員が持株を売却して退職してしまう事もあります。資本政策を立てる際には、キャピタルゲインをいかに正確に予測できるかが成功のカギと言えるでしょう。

上場基準の把握

IPOによる出口戦略を考えているスタートアップであれば、資本政策を検討する際に、上場基準も念頭に置いておくことをおすすめします。上場においては、安定して株式が流動するかどうかを厳しく審査されますので、上場すればそこがゴールと考えるのは早計です。

特に東京証券取引所(東証)では、2022年4月から市場の再編成がスタートします。それまでの市場区分が変更されるとともに、上場基準も変更になります。変更内容は既に東証のホームページで告知されていますので、今後IPOを目指す企業はしっかりと内容を把握しておく必要があります。

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バリュエーション

「バリュエーション」(企業価値評価)を高めることで、より多くの資金が調達でき、株式の希薄化抑制にもつながります。そのためには、根拠のある事業計画と資本政策が必要です。

まとめ

資本政策は、あいまいに認識している人も少なくありませんが、単なる資金繰りの予定表ではありません。将来の事業の予測を立て、確実に到達するためのツールとなる大切なものです。長期にわたって安定した経営を維持し、株主や投資家の評価を高めるためにも、現状分析に裏打ちされた資本政策を設計しましょう。

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