日本におけるCVC投資とオープンイノベーションの変遷

近年、スタートアップ投資のために事業会社が「CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)」を組成する例が国内でも増加しています。
本記事では、従来VC(ベンチャー・キャピタル)による投資が多かった印象のスタートアップ投資に事業会社が乗り出す目的や背景について解説します。

国内CVCのファンド規模と投資実行額はほぼ右肩上がり


一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会が作成し、経済産業省が発表した「我が国のコーポレートベンチャリング・ディベロップメントに関する調査研究(※1)」(2019年)によると、国内のCVCのファンド規模は220億円以下が約70%、うち55億円以下が約半数の45%を占めています。海外に目を向けると、55億円を超えるCVCが82%を超えており、国内のCVCの規模は海外に比べ小さいことがわかります。

またCVCの投資実行件数は、海外CVCでは11件〜25件がボリュームゾーン(30%)であるのに対し、国内CVCでは5件以内が最も多く、44%を占める結果となりました。海外と国内では投資実行件数においても大きな開きが存在しています。

このような国内外CVCの差は、国内CVCは2010年以降設立された若いものが約90%に上るという事情から生じていると考えられます。

国内CVCの設立件数と投資額の推移を、以下の図で整理します。

参照:CVC実態調査2019|PwC Japanグループ

国内におけるCVCの設立件数はほぼ右肩上がりに推移しています。CVCの増加にともない、CVCによる投資額も増加しています。今後もCVCによる投資規模は拡大する見込みです。
株式会社 INITIALが2021年2月に発行した「Japan Startup Finance 2020(※2)」 によると、2020年は15のCVCが新たに設立されています。

(※1)我が国のコーポレートベンチャリング・ディベロップメントに関する調査研究 |経済産業省
(※2)Japan Startup Finance 2020|株式会社 INITIAL

事業会社がCVCを注目する理由

事業会社がCVCを設立する理由には、投資によるキャピタルゲインに加え、自社事業と親和性の高い企業に投資した場合にシナジー効果が見込まれることが挙げられます。

「新規事業の創出」「既存事業の強化」「将来的に競合になり得るベンチャーの取り込み」など、CVCを通じたスタートアップ投資で期待できるシナジーは多岐にわたります。

IT技術の進化によって、企業を取り巻く環境はこれまでにないスピードで変化しています。CVCが注目される背景には、スタートアップの柔軟な姿勢と先進的な技術を用いた事業、それらにまつわるノウハウを積極的に吸収して、事業を拡大したい企業の狙いがあると思われます。

前出した資料「我が国のコーポレートベンチャリング・ディベロップメントに関する調査研究」で実施された事業会社へのアンケートによって、「新たな市場に参入するきっかけとなるような企業」「自社が将来的に販売できそうな商品やソリューションを開発する企業」に投資したい企業が多いことがわかりました。

スタートアップ側から見れば、CVCからの投資には資金調達以外にも多くのメリットがあります。投資を行った事業会社はスタートアップ投資によるシナジー効果を求めていることから、投資先の事業が成長するために資金だけでなく自社のリソースも提供してくれます。

スタートアップはCVCに何を求めているのか?


CVCによる投資は、投資先のスタートアップ企業にも大きなメリットがあると考えられます。資金調達によって、スピード感を持って事業を進められるようになるのも大きな利点ですが、それ以外にも、スタートアップは次のような狙いを持つ場合が少なくありません。

● 大企業が持つ経営資源を活用できる
● 自社の信用力向上が期待できる

キャピタルゲインを主目的とするVCとは違い、事業シナジーを目的に投資することが多いCVCは、その組成する事業会社から投資先企業への協力を惜しまないことが一般的です。
中には、自社の顧客基盤や営業力といった経営資源を投資先企業に提供するケースもあります。スタートアップ企業は製品やサービスが優れていても、営業力や販路に課題を抱えているケースが少なくありません。そのようなスタートアップであれば、既に顧客基盤や営業体制が盤石の企業と手を組むことが大きなメリットとなります。スタートアップと出資元企業が相互に技術を開示して共同開発に取り組む例などもあり、そのような場合、スタートアップにとって自社単独では難しいスケールの開発が可能になります。

2015年、KDDIのCVCは、オンライン学習塾のスタートアップ「株式会社葵」に出資し、自社のサービスやネットワークを同社に提供。その後、株式会社葵の「アオイゼミ」は多くの中高生に利用され、2018年には利用者が50万人を超える成長を遂げています。
スマートホームセキュリティサービスを提供する「株式会社Secual」は、2018年に積水化学から出資を受け、スマートタウンにおけるマネジメントプラットフォームを共同開発しています。
これにより株式会社Secualは、セキスイハイム約130戸が並ぶ地で、スマートタウンマネジメント事業に着手できるようになりました。
CVCの組成企業が上場会社である場合や、ブランド力の高い企業である場合、そのような企業から出資を受けること自体がスタートアップにとって信用力の向上に繋がることもあります。顧客開拓、実証実験の提携先探し、人材採用など、スタートアップによくある悩みで出資元企業のブランド力を活用できる課題は多岐にわたります。

CVCの歴史

CVCの歴史は古く、1914年にアメリカの「Du Pont(デュポン)」が「General Motors(ゼネラルモーターズ)」に出資したのが始まりとされます。その後1960年代にアメリカで第一のブームが発生。さらにアメリカで第二次CVC設立ブームが始まった1990年代前半には、日本でもCVCが設立されました。(※3)

東洋大学経営力創生研究センター・清水健太氏の論文『コーポレート・ベンチャー・キャピタル の役割の展開に関する日米比較』(※3)によれば、日本でのCVC設立はバブル崩壊がひとつの契機となったと言います。バブル崩壊後、日本でも、いわゆる「選択と集中」の経営方針を採用する企業が増加。研究開発費の確保が困難になる研究やコア事業から外される事業が出るようになりました。

しかし研究や事業を休眠させておくことは企業にとっては機会損失であり、また次世代技術の開発や事業開発で競合の後手を踏む危険を生むなど、自社の競争力を削ぐおそれがあります。

そこで、自社内でコアから外された事業や研究をカーブアウトやスピンオフによってスタートアップ企業として維持し、競争力を保とうとする動きが活発になります。そのスタートアップの資金供給を行う目的でCVCが設立されるようになりました。例えば、トヨタ自動車がCVCのトヨタコーポレートベンチャーファンドを活用して、社内ベンチャー投資でバイオ事業などに投資したケースなどがあります。

その後2000年代に入ると、国内でもCVCの目的が協業によるイノベーションの創出にシフトするようになります。以降は、CVCの活発化とともに大手企業とスタートアップ企業が互いの技術やノウハウを用いて新規事業創出を目指す「オープンイノベーション」の概念が浸透しはじめました。

(※3)『コーポレート・ベンチャー・キャピタル の役割の展開に関する日米比較』,清水健太,東洋大学経営力創生研究センター

国内CVCにおける近年の潮流

記事冒頭でも紹介したように、CVCを組成する企業は年々増加傾向にあります。またCVCの投資目的や、投資先の選び方も多様化しつつあります。
最近では、事業シナジーを主目的としながらも、投資によるキャピタルゲインにも期待する企業も増えています。
PwC Japanグループによる「CVC実態調査」の2017年時と2019年時を比較すると、CVC設立の狙いとして「事業シナジーが主目的だが同時に財務リターンにも期待」する企業、「財務リターンが主目的だが、同時に事業シナジーにも期待」する企業がそれぞれ増加しています。

参照:CVC実態調査2019|PwC Japanグループ

財務リターンにも注視するようになったことで、投資先の選定が困難になった例も少なからずあります。
投資先選びの方法にも変化が見られます。有望なスタートアップやベンチャー企業を発掘し、囲い込むために「アクセラレータープログラム」を実施する企業も増加中です。オープンイノベーションプラットフォーム「AUBA」を運営する「eiicon company (エイコンカンパニー)」の調査によると、アクセラレータープログラムの数は2015年から右肩上がりに増加しており、2018年には108件、2019年には122件のプログラムが開催された(※4)とのことです。
アクセラレータープログラムは、協業を目的としてスタートアップやベンチャー企業を募集し、その中から選抜した企業に対して出資や支援プログラムを提供するものです。

なお現在、投資に最も積極的なのは通信・IT関連の企業と言われています。投資を受けた企業はシェアリングサービスやAI・IoTなど最新技術に関連する企業、SaaS企業が多く、社会課題の解決やDX(デジタルトランスフォーメーション)推進に関連する企業が人気です

(※4)2019年度アクセラレータープログラム122選|TOMORUBA

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