老舗ベンチャーキャピタル(以下VC)のセコイアが、10年という投資サイクルを撤廃し、長期的な投資を行うと発表しました(出典)。VCと資金提供を受けるスタートアップにとって、長期投資にはどのようなメリット・デメリットが考えられるのでしょうか。VCの基礎知識である投資モデルから、詳しく解説していきます。
目次
VCの投資モデル
はじめに、一般的なVCの投資モデルを理解していきましょう。
VCは、スタートアップ企業など未上場の企業の株式を取得し、資金を提供する投資会社です。スタートアップにとって、資金調達は大きな課題なので、VCからの資金提供は有益なケースが多いです。出資を受けられれば、その資金を使って事業を展開したり拡大したりできます。
VC側は利益を確定させる出口(EXIT)戦略は、スタートアップの上場やM&Aが一般的です。上場時に株式を売却したり、M&A(企業の合併と買収)でスタートアップを買収する企業に、株式を買い取ってもらったりします。このような株式の売却によってVCは投資資金を回収し、利益を確定するのです。
ファンドとは?
ここで、投資・金融の分野で頻繁に登場する「ファンド」という用語について、簡単におさらいしておきましょう。
ファンドは、一般的には「基金」、「資金」と訳されます。金融業界では、「投資目的の資金」を指すことが多いです。
VCは「ベンチャーキャピタルファンド」を運用する投資会社です。VCの投資先は主にスタートアップなので、VCにおける「ファンド」は、基本的には「スタートアップへの投資」と読み替えられます。
ファンドの運用期間とは?
ファンドには、運用期間が決まっている場合と、無期限の場合とがあります。期限の有無によって、運用方法が変わってきます。
運用開始時に期間を決めておく場合、期日が来たら状況に関係なく売却し、損益を確定します。さらに利益が出ている場合のみならず、損失が生じている場合でも決済し、損益を確定させます。運用を終了する判断を機械的に行うことができますが、運用期間が終了する前に株式を売却し、損益を確定させることがあります。
期間を定めない無期限の運用の場合、状況に応じて投資額の拡大や縮小を行いながら、臨機応変に運用を行います。運用期間が長期にわたる場合もあれば、短期間で終了する場合もあります。投資先の業績が向上しており将来性に期待が持てる場合などは、長期にわたって運用を続けるという判断になりやすいです。
これまでのVC業界では、運用期間のサイクルを10年とするのが一般的でした。しかし、最近では投資期間を定めず、長期投資を前提とした運用が注目を集めています。
長期的なパートナーシップを結ぶVCの新モデル
VCやプライベートエクイティなど投資業界で近年注目されているのが、エバーグリーンファンドや長期投資です。エバーグリーンファンドとは、運用期間に上限を定めず、利益を再投資するなどして、投資を継続していくファンドのことです。
例えば、シリコンバレーの老舗ベンチャーキャピタル「Sequoia Capital(セコイアキャピタル、以下セコイア)」が、2021年10月26日に発表した新ファンド「Sequoia Fund(セコイアファンド)」があります。このファンドは、投資先と長期的なパートナーシップを結ぶことを前提とした、エバーグリーンファンドです。従来の投資サイクルである10年という周期を取り払い、より長期で連携を目指していくことが考えられます。
なぜ、セコイアは長期投資のファンドを設立したのでしょうか。背景には、従来のファンドが抱えていた課題が見えてきます。
従来のファンドの課題
1970年代以降のVCでは、10年周期で期間を区切って投資をするのが主流でした。それに伴い、出資を受けるスタートアップは、10年以内に上場などの成果を出さなければなりませんでした。
セコイアによると、10年周期の投資がうまくいった時期はあったものの、現代にはそぐわなくなってきているという考えを持っています。なぜなら近年のスタートアップは、企業規模を拡大したり、足場を固めてから上場したりすることが多く、未上場でいる期間が長期化しているからです。上場までに数年以上の時間を要するため、10年でスタートアップに成果を求めるのは難しいと言えるのではないでしょうか。
結果が出る前の中途半端な時期に投資を終了してしまっては、VCの利益を最大化することはできません。VCの収益性のためにも、またスタートアップの成長のためにも、10年という制約を取り払った投資が求められてきているのです。
運用期間を定めないファンドの効果
スタートアップに長期投資をすると、VCの収益性にとって大きなメリットがあります。スタートアップの驚異的な成長を長期にわたって支え、収益化できるからです。
例えば、セコイアが2011年に提携を始めたスタートアップ「Square」の場合、2015年のIPO時の時価総額は29億ドルでした。これが2020年には860億ドル、2021年現在は1170億ドル以上と急成長しました。従来の10年周期で投資を終了したら、今後の成長を収益化することができません。運用期間を定めず長期投資することで、より大きな収益を見込むことも可能になります。
VCにとってのメリット・デメリット
ここからは、長期投資において考えられるメリットとデメリットを解説していきます。VC側、スタートアップ側の双方から確認していきましょう。まずは、VCにとってのメリットとデメリットです。
メリット
VCにとってのメリットは、以下の2点が考えられます。
- 長期的な収益化ができる
- 短期投資を嫌うスタートアップにも投資できる
長期的な収益化ができる
VCにとっての最大のメリットは、スタートアップの成長を長期にわたって支え、収益化できることです。既に解説したとおりなので、詳しくは割愛します。
短期投資を嫌うスタートアップにも投資できる
短期投資を嫌うスタートアップもいるため、長期投資に方針を切り替えることで、投資対象が広がるメリットが考えられます。
近年のスタートアップは、早期に成果を出すよう求められる、短期投資のVCを嫌う場合もあります。クラウンファンディングなど他の資金調達方法が発達した背景などから、意に沿わないVCからの資金提供を受け入れる必要はない、と考えるスタートアップもいるのです。
運用期間を設定せず、長期的なパートナーシップを前提とすることで、そのような短期投資を嫌うスタートアップとの連携可能性が広がります。
デメリット
VCにとってのデメリットは、以下の2点が考えられます。
- 短期間での収益化ができない
- 投資家への分配ができない可能性がある
短期間での収益化ができない
長期投資が前提となるため、従来のVCのように短い期間で大きな収益を上げることは難しくなります。我慢して長期投資をして、結果的に短期投資よりも大きなリターンを上げることを目指すので、VCの収益構造も大きく変わります。
投資家への分配ができない可能性がある
VCの資金の源泉は、機関投資家や個人投資家からの出資です。VCは彼らの資金を使って投資を行い、利益を投資家に還元しています。
しかし、運用期間を定めない長期投資を行うと、いつまでも利益を確定できない可能性があります。これは、投資家に分配できる利益を短期間で確定できない、ということを意味します。
このようなデメリットに対処するには、スタートアップへの長期投資のほかに、投資家に利益を還元できる仕組みの投資を行う必要があります。市場での売買が可能で利益を確定しやすい上場企業にも投資を行うなど、他の投資方法を組み合わせるのが有効と考えられます。
スタートアップにとってのメリット・デメリット
続いて、スタートアップにとって想定されるメリットとデメリットを考えていきましょう。
メリット
スタートアップにとってのメリットは、以下の2点が考えられます。
- 長期にわたってVCからの支援を受けられる
- 成長期に上場審査で時間を取られない
長期にわたってVCからの支援を受けられる
VCは投資をするだけでなく、スタートアップに対してさまざまな支援を行います。パートナーシップが長期にわたれば、スタートアップは長期間のサポートを受けられることになります。
支援の内容はさまざまですが、経営ノウハウの提供や、VCが出資する別の企業との提携の橋渡しなどがあります。
成長期に上場審査で時間を取られない
成長期において多くの労力がかかる上場審査に時間を取られないのも、運用期間を定めないVCのメリットです。
スタートアップは事業を拡大し安定化させるためにも、創業から数年で大きく成長しなければなりません。成長期に被る形で上場審査を受けると、申請に時間と労働力が削られ、成長の機会を逃してしまう可能性があります。
また経営が不安定な状態で、値動きの大きい市場に上場すると、日々の株価に一喜一憂し、経営のコントロールが難しくなったりすることも予想されます。
上場するのは経営がある程度安定した段階で良いと考えるなら、長期投資のVCとは相性が良いと言えるのではないでしょうか。
デメリット
スタートアップにとってのデメリットは、以下の2点が考えられます。
- 早期に資金を回収されるリスクがある
- 長期間にわたり、VCの経営方針に影響を受ける可能性がある
早期に資金を回収されるリスクがある
ファンドの運用期間が決まっていないからといって、VCが永久に資金を提供してくれるわけではありません。
スタートアップの成長が大きく見込めず、上場やM&Aが難しいと想定される場合は、VCは資金回収に移ることが考えられます。
ファンドの期間が決まっている場合も早期に回収されるリスクはあるので、長期投資に限ったデメリットではありませんが、VCの判断がよりシビアになっていく可能性があります。
長期間にわたり、VCの経営方針に影響を受ける可能性がある
VCから経営支援を受けられるメリットの裏返しで、パートナーシップが長期間になるほど、VCの経営方針に影響を受ける期間も長くなります。出資者であり大株主であるVCの意向を踏まえた経営を行うことが、長期間求められる可能性があります。
VCの長期投資がもたらすスタートアップへの影響
想定されるデメリットについて先述しましたが、VCが短期投資から長期投資に移行することは、やはりVCとスタートアップ双方にとって良い影響があると予想されます。
VCの長期投資の背景には、短期で上場やM&Aによる結果を求めるよりも、その後の成長を収益化したほうが大きな利益につながるという考え方があります。スタートアップ側も、創業後の大事な時期に上場審査などに大きな労力を割くことがなく、事業の拡大に集中できます。
ただし、長期投資とは言っても、スタートアップには急速な成長が求められます。ゆっくり成長していけば良いという意味ではありません。VCが結果を求めて投資をすることは、短期でも長期でも同じです。
記事内容参考リンク)
The Sequoia Fund: Patient Capital for Building Enduring Companies
コロナ後を考えるベンチャーに欠けている視点
IPOを選ばなくなったスタートアップ
【解説】ベンチャーキャピタルとは?投資と融資の違い、資金調達の仕組みを知ろう
スタートアップ異変 僕らは上場をめざさない
まとめ
VCを始めとする投資業界で、注目を浴びている長期投資。出資者であるVCにとっても、出資を受けるスタートアップにとっても、メリットのある方針変更です。
セコイアが投資方針を変更したことで、他のVCも方針変更に踏み切る可能性があります。今後もVCのトレンドに注目していきましょう。
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