2016年に産声をあげたTOPPAN CVC。それから5年間で、50社以上のベンチャー企業に投資を重ねてきました。
本記事では、TOPPAN CVC5年間の歩みやそこから導き出した投資方針、ベンチャー企業へのバリューの出し方について、TOPPAN CVC設立時からのメンバーである朝田・大矢・坂田の3人が鼎談を実施しました。
新規事業創出のためにCVCを立ち上げる
── TOPPAN CVC設立のきっかけを教えて下さい。
朝田:
この3人でチームをスタートして、「凸版印刷におけるオープンイノベーションを考えろ」というお題だけがありました。CVCを作ろうと決断したのが2015年。丸1年かけてCVCを立ち上げたのが2016年です。
朝田 大 | Asada Hiroshi 事業開発本部 戦略投資センター長 1993年 凸版印刷入社。生産技術、システム開発部門に従事。1999年 本社ソリューションセンターにて、IT関連のシステム、サービス開発に従事。2002年 本社技術戦略部門にて、電子ペーパー、有機EL、ライフサイエンスなどVB投資を通じた新事業開発に従事。2006年 経営企画部門に異動、一貫して新事業開発、M&Aなどを担当。2012年 電子チラシ・地図、書籍などメディア事業に関する事業戦略を兼務。2016年 経営企画本部内に、戦略投資推進室を設立。成長市場における新ビジネス創出に向けたVB投資やM&Aを推進。その他ブックリスタ㈱取締役を兼務。
大矢:
それでVCやオープンイノベーションを扱っているコンサルティング会社、新規事業に積極的な事業会社、そしてベンチャーに何社も話を聞きに行きました。そこから「我々は経営企画だし、出資機能をもつのが自然なんじゃないか」という話になったんです。
大矢 将人 | Oya Masato 事業開発本部 戦略投資センターPOC部課長 2000年凸版印刷入社。産業資材、医療医薬包材、ディスプレイ用光学部材の研究開発に従事。2010年より、経営企画本部で主に投資評価プロセスの構築・投資管理業務を担当。現在は、事業開発本部にて主に研究開発型ベンチャーとの協業支援や投資関連業務に取り組んでいる。 2017年度NEDOが実施した研究開発型ベンチャーの支援人材を育成する高度専門支援人材育成プログラム「Technology Startup Supporters Academy(SSA)」を修了。2018年よりNEDO Technology Commercialization Program(TCP)メンター。 東京大学大学院工学系研究科修了
朝田:
ただもちろん、当初は社内に反対意見も当然ありました。凸版印刷にも研究開発部門があるので、彼らからしたら「なぜ社内ではなく、見ず知らずのベンチャーに投資をするのか」という思いを抱くのは当然です。彼らにも納得してもらうため、対話を積み重ねました。
坂田:
非連続な成長のためにベンチャー投資を通じて、種を蒔きましょうと資料を作って説得しましたよね。また凸版印刷は昔から受託事業が中心の会社で、自社事業が少ない。だからどこの部門も手を付けていない領域を中心に投資していくんだと話をしたのを覚えています。
凸版印刷は技術を作り上げる段階から外部と連携して進めるという方式をやってこなかった。だからこそCVCは、新規テーマを創出するためにその方式を採用しなくてはならないというわけです。
坂田 卓也 | Sakata Takuya 事業開発本部戦略投資センターCVC部課長 2005年凸版印刷入社後、出版、広告、玩具、ゲーム、駐車場・カーシェアリング、コミュニケーションプラットフォームなど幅広い業界のマーケティング・新規事業支援に携わる。2014年4月より、経営企画に異動し、経営戦略部に所属。次世代の事業の柱を構築するべく、社内の新事業支援を実施。2016年より、戦略投資推進室にて、新事業創出を目的としたベンチャー投資およびM&A業務に従事。21社のスタートアップに出資。2016年4月グロービスMBA卒業。さとなおラボ9期生。 2019年8月ユニファ株式会社社外取締役就任。2021年7月株式会社コンボ社外取締役就任(PARTYスタートアップスタジオ)。グロービス講師(経営戦略・マーケティング系)従事。
── 投資をしようと決めてから、まずは何をしたのでしょうか。
坂田:
投資をすると言っても最初は何もやることがないので、ピッチイベントに行ってスタートアップについて社内にレポーティングしたり、個別に面談したりしていました。地道にやっている間に、「この会社を紹介してほしい」「このベンチャーどう思う?」と問い合わせが出てきて、案件になっていくということが増えてきたんです。
朝田:
ベンチャーの情報をみんなにインプットしてもらいながら「ベンチャー界隈ではこんなことが起きているんだ」と学んでいった。情報を整理して「じゃあ、我々の中でできることはどんなことだろう」と考えていましたね。ベンチャーのオフィスにも行かせてもらって、彼らがどんなことを望んでいるのかヒアリングを続けました。
それとこのCVC立ち上げに必要不可欠であったのが、当時我々の上司であり、現在社長を務める麿(マロ)の存在です。麿にもベンチャーに会ってもらうことがCVC設立のためになると感じたので、とにかく一緒にベンチャーやCVCのトップに会いにいきました。当時の麿の支援によってCVCの仕組みが具体化したといっても過言ではなく、何かあったときには今でも助け船を出してもらっており、本当に感謝しています。
見えてきた2つの投資スタンス
── CVCを立ち上げてから5年が経過しました。成果と投資の方針を教えて下さい。
朝田:
なんとかCVCを2016年に立ち上げて、2021年現在で約50社に投資しています。順調に投資できているように見えるかもしれませんが、当初はネットワークもないし、事例がないから事業部も巻き込めないしで苦労しました。
2018年頃からようやく軌道に乗ってきて、事業部が「CVCのやり方もいいよね」と反応してくれることが多くなってきたんです。
坂田:
初期の投資の一つはWovn Technologies株式会社(以下「WOVN」)という、Webやアプリの多言語化を扱っているベンチャーです。凸版印刷が最初に投資したのが2016年12月。その後もWOVNは成長して資金調達を重ねていて、2021年には凸版印刷も追加出資をしているのですが、その際に林社長が「当時よく投資してくれましたよね」と言ってくれました(笑)。
WOVN、国内外の投資家から資金調達を実施、総調達額54億円に
大矢:
ベンチャーなので、通常の投資の感覚でデューデリジェンスすると「こんな財務状況の会社に投資して大丈夫なのか」と思われちゃうんですよね。「でも、これがベンチャーなので調達も含めて成長していくんですよ」という最初の理解を社内で得るのは大変でした。
坂田:
また凸版印刷の投資はすべて「資本業務提携」なので、出資するだけではなくて業務提携も結び、事業部とも連携します。そのため事業部側がベンチャーとの共創にコミットしなければいけません。投資をする際には事業部と連携していくのですが、「いいねいいね」と話を進めていても、突然事業部側がリスク面を見込んでトーンダウンしてしまうことがあるんですよね。「本当にこれを上程していいものか」「失敗したら自分の責任になるんじゃないか」と。そこから計画や戦略をしっかり詰めていきフィジビリティ(実行可能性)を高めていくのもCVCの役割です。ベンチャーと凸版印刷双方のためになると思ったら、提携を実現するために僕たちもあの手この手を尽くします(笑)。
朝田:
CVC活動を続ける中で、2つの投資スタンスを定めました。1つが「Missing Piece」。これは凸版印刷に足りない短中期的なサービスを、投資を通じて共同開発していこうというもの。既存投資先だとWeb多言語化のWOVN、ハイエンドR&Dのピクシーダストテクノロジーズ、スマート保育のユニファ等が該当します。
もうひとつが「ムーンショット」。これは長期的なR&Dとしての投資だったり、凸版印刷のポートフォリオにない事業領域を埋めるための投資です。自動運転ロボットのZMPや、月面探査プログラムを手掛けるispace、シリコンバレーの遠隔操作ロボットOhmniLabs等が該当します。
大矢:
特に民間月面探査を扱っているispaceの案件は、悪い意味ではなくCVCメンバーも投資委員会も混乱しました(笑)。宇宙領域なんて誰も手掛けたことがなかったので、どう判断していいかわからなかったんです。ispaceとの業務提携内容は、凸版印刷が地上で培ってきた技術やノウハウを、宇宙領域にも活用していこうというもの。例えばエレクトロニクス製品の製造技術はロケットや探査車に応用できる可能性があります。それを理解してもらえたから投資できた。
坂田:
凸版印刷がispaceに投資したのが2017年。宇宙領域には多額の投資が必要なこともあって、その後もispaceは数回資金調達をしています。投資額が多額になることは教科書的にはわかっていましたが、こうやって成長していく姿を間近にすると「やっぱり投資金額は大きくなるよね」という感覚になりました。実務でやってみて初めて数字の感覚がわかるというか。この感覚がまた次の投資の目利きに生かされているのではないかと思います。
朝田:
確かに、その会社がこのシリーズでいくら調達して、どう運転資金にまわるのかという話はどのベンチャーでも当然しますが、他方でそのベンチャーがExitするまでにどれだけの総投資額が必要か、数年スパンでの投資はどうなるかいう考え方は、ispaceへの投資からわかってきた気がします。
第2の凸版印刷を創る
──CVCの成果はどのように測定したり、社内に説明したりしているのでしょうか。
大矢:
CVCの成果の説明責任は難しいですよね。「投資してシナジーを生む」と口で言うのは簡単ですが、PLへのインパクトがある成果はそんな簡単には出てきません。
私はもともと研究員で研究開発方面を重点的に担当しているのですが、どうしてもM&Aが将来的なゴールの中間成果物になってきます。例えば2017年に投資した、イメージセンサを開発する株式会社ブルックマンテクノロジは、関連会社を経て2021年に子会社化しています。こういう案件を継続的に出していくことが、ひとつのベンチマークになるでしょう。
とは言え、M&Aしただけでは意味がなくて、ブルックマンが今後も成長し、シナジーを出してくれないと後が続きません。ただ、もちろん投資を中心に手伝えることは手伝うものの、既にこちらの手を離れているという面もあるから難しいところですね。
朝田:
少額投資して関連会社にして子会社にするというステップはいいものの、その後に失敗してしまったら「最初の少額投資の時点から既に悪かったんじゃないのか」という話になりかねませんからね。その可能性だってもちろんありますが、PMIが上手くいかなかった可能性もある。判断が難しい。
坂田:
成果という前提で、CVCに期待されているのは「第2の凸版印刷を創る」ことだと、自分では思っています。会社としてベンチャー投資自体を本業とするつもりはないので、いかに印刷に代わる営業キャッシュフローを創れるかというのが、CVCチームへのお題ですね。そのための最初の投資と協業設計がCVCチームの仕事になる。ただこの仕事の答えは凸版印刷だけでなく、日本企業の中でもまだ解がない。まだ議論しながら答えを模索している段階です。
とは言え2016年から投資を重ねてきて、幸いなことに順調に成長しているベンチャー企業がほとんどです。なのでまだ未実現利益とはいえ、いい成果になってきているとは感じています。ただ会社としての期待値はもっと高いようで……「ちゃんといい成績なんだぞ!」ということを社内で喧伝しているところです(笑)。
朝田:
どうしても会社からはすぐに事業シナジー出すことを期待されますが、投資が花開くまでには時間がかかる。2016年から投資を始めて5年ほど経ちますが、事業シナジーを出すのにまだ時間がかかるベンチャーも少なくないと実感しています。そのため我々にとっては契約内容がすぐに数字に繋がるわけではないというのが基本スタンスです。
坂田:
もちろんベンチャーのサービスを凸版印刷経由で販売させていただくというシナジーも検討する必要があります。ただしそれだけでは凸版印刷の売上が約1.6兆円ある中で、株主の皆様の期待に応えるためには十分ではないかもしれません。そうではなくて、真のゴールは新しいビジネスモデルを作って大きな事業を育てるところにあると思うんです。それは例えばサブスクリプションだったりSaaSだったりするわけですが、これを作ろうとしたら時間がかかるに決まっています。
朝田:
先ほど申し上げたWOVNも、当初にシナジーの絵は描いたものの、当然彼ら自身のサービス開発が優先なので、しばらくシナジーは生み出せませんでした。しかし最近になってようやくシナジーの話が出てきた。つまり投資してからシナジーを出すまでに5年以上かかっているんです。その間凸版印刷としてはなかなか支援ができなかったから、グッと待つしかなかった。投資家というよりは支援が我々の大事なスキルセットになってくるのではないかと思います。
坂田:
5年間シナジーが出せなかったとはいえ、じゃあ投資をするのは5年後でもよかったかというと、そんなことはなくて、当時投資をしておいてよかったと思っているんです。2016年の投資がなければ2021年の出資はなかった。2016年の時にリスペクトをもって投資したからこそ、今回の投資に繋がっているのだと思います。
実際WOVNの林社長にも「あの時のWOVNに、よく凸版印刷は投資してくれました。ありがとうございます」と言って頂きました。「だからさらにアクセルを踏んで一緒にやりたいです」と。
2021年の凸版印刷からWOVNへの投資に際しては、WOVNと事業部が協業することを念頭に置いています。事業部としては、本当は自分たちがやりたかった多言語化というビジネスを、WOVNが紆余曲折ありながらも実現してきた姿を見ているわけです。だからこそ「僕らも一緒にやりたいんだ」というリスペクトに繋がって、今回は事業部がかなり強気に「一緒にやりたい」と言ってきてくれました。CVC活動の当初は事業部が及び腰だったなんて話もしましたが、今回は違ったんですね。
朝田:
2016年の投資がなかったら、今回の投資はないと僕も思います。当時ミーティングをした後、WOVNの社長・副社長と私と坂田の4人で小さな居酒屋に入ったんですよね。「接待費がないのでここで勘弁して下さい」って(笑)。ああいうコミュニケーションをとっていたから、今回も声をかけてくれたんだと思います。特に最近は、資金調達の選択肢が多くて、シリーズCやDになってから凸版印刷に優先的に声をかけてくれるというのも難しいですからね。
ただもちろん、シリーズCやDになってくると企業やサービスが成熟しているので、会社としては業務提携しやすいというジレンマはあります。またこれは凸版印刷だけでなくCVCにはよくあることですが、競合他社と仕事して欲しくないと、縛りたくもなります。事業部の気持ちはもちろん理解できるのですが、そこはなるべくベンチャー側の戦略が実現されるように調整するのも間に立つCVCの役割です。
投資だけでなく事業を創るCVC
── これからのTOPPAN CVCの向かう先を教えて下さい。
朝田:
5年間ベンチャー投資をしてきて、次は投資した後の事業開発へチャレンジしていきます。今までは事業部がビジネスディベロップメントしてきましたが、それをCVCを含めた事業開発チームがやっていく必要があると感じているからです。なぜか。
凸版印刷は中期経営計画の中で「DX(Digital Transformation)」や「SX(Sustainable Transformation)」に取り組むと謳っていますが、この先にあるビジネスモデルは現業とかなり異なる可能性があります。だとすると事業部が既存ビジネスの延長でビジネスディベロップメントするのは難しい。だったら事業開発チームが投資をしながらビジデブも実施しなくてはならない。0→1は事業開発本部が、1→10、100は事業部が、という役割分担ですね。実際、ある案件ではベンチャー企業のアセットを使った新規事業を、そのベンチャー企業と共同で取り組んでいます 。
坂田:
例えば凸版印刷は、個人の情報開示・非開示意志の下にパーソナル情報を統合管理できる「My Anchor」というサービスを提供しています。個人情報の取り扱いは年々重要になってきていて、ネットサービスを作る上では避けて通れません。このMy Anchorとベンチャー企業のサービスを連携させようと、事業開発本部が主体となって取り組んでいます。
大矢:
IT系の投資は業界の中でも認知度が高まりつつあることを感じているので、次はモノづくり関連で凸版印刷の存在感を高めたいです。私は元研究員ということもあり、研究開発系の案件を中心に扱っていますが、5年間色々なベンチャーを社内と組み合わせようとする中で、どの領域なら凸版印刷と相性がいいのか、また「この技術領域だと、そもそもベンチャーの成立要件を満たさないのではないか」といったことがわかってきました。今までは来るもの拒まずというスタンスでしたが、もう少し領域を絞ってベンチャー・凸版印刷双方にとって効率的に活動していきたいと感じています。
モノづくりとなると、凸版印刷も含めてどうしても成果が出るのに時間がかかる分野なので、早く動きにくい。ただ逆に組めるとわかったら、凸版印刷はしっかりと連携するし、大企業だからといって必ずしもスピードが遅いというわけでもありません。私自身もベンチャーと凸版印刷事業部の橋渡しをしながら、一緒に新しい事業をつくれるパートナーとして頑張っていきたいですね。
朝田:
確かに、ベンチャーと(社内の)R&Dの連携は大きな論点です。自社の研究所では年間の開発費用の中でR&Dに取り組んでいます。その上で、今取り組んでいるテーマを早くする技術が欲しいのか、それとも全然関係ない技術に投資するのかは、是々非々の判断が必要。「この分野はクローズで凸版印刷内でイノベーションを起こすけど、あの分野はオープンイノベーションしよう」という線引きも必要で、それもCVCチームの次なる仕事だと感じています。
大矢:
それでも以前に比べたら話を聞いてもらえるようにはなってきていますし、CVCを積極的に使ってくれる研究所のリーダーも出てきたのは嬉しい兆候です。
坂田:
最近凸版印刷では、ベンチャー企業への出向を始めました。現在2名の凸版印刷社員が2社のベンチャーで働いています。出向制度を通じて投資先企業のバリューアップに貢献したいですし、彼らがコミットしてくれることで、ベンチャーと凸版印刷の信頼関係構築にも繋がります。ベンチャーと一緒に社会課題を解決する仕組みは、もっと作っていきたいですね。
朝田:
凸版印刷は中期経営計画DX、SXという大命題を掲げて、今大きな変革期を迎えています。社会的な課題は様々ありますが、凸版印刷単独では解決できないことがほとんどです。色々なベンチャー企業の力を借りることで、一緒に社会課題にチャレンジしていきたいなと思います。
そのためには凸版印刷が抱えているケイパビリティも変えていかなければいけないタイミングです。「こういうチャレンジを一緒にできませんか?」とお声掛けいただきたいです。是非ベンチャー企業の皆様には、これからもよろしくお願いしたいです。
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(取材・執筆:pilot boat 納富 隼平)