凸版印刷は新事業創出のため、2016年7月から現在までに国内外50社強のスタートアップ企業へ出資・提携をしてきました。その中で、スタートアップ企業と凸版印刷の橋渡しをするのがTOPPAN CVCです。
TOPPAN CVCでは協業を深めるため、2021年からTOPPAN CVCのメンバーが出資したスタートアップへと出向する制度を設けています。実際に出向している4名と、彼らのマネージャーである坂田に、出向の目的や成果、課題について聞きました。今回は前編です。後編はこちらから。
※インタビューは2022年8月に実施し、情報はその時点のものになります。
(左から)
内田 多:2021年5月からcomboに出向
菅野 清太郎 :2021年11月からThe Chain Museumに出向
牧野 理香:2022年3月からユニファに出向
飯田 輝:2021年5月からジャパン・メディカル・カンパニーに出向
坂田 卓也:マネージャーとして、4人の出向をサポート
全員異なる出向の経緯
── まずは出向のアイディアが登場した経緯を教えて下さい。
坂田:
まずTOPPAN CVCはスタートアップとの協業を推進する上で、大きく2つのやり方を採っています。ひとつが凸版印刷の事業部と一緒になって取り組む方法。これがメインの方法です。もうひとつが、(事業部との連携は前提とせず)TOPPAN CVCのリソースだけでスタートアップとの事業を構築する方法です。後者は例えば、メトロエンジン社との「デリくる」が該当します。
坂田:
我々としては後者のパターンをもっと増やしていきたいのですが、かといってリソースに限界もある。それで出向という制度を使って、TOPPAN CVC主導でスタートアップと一緒に事業を作る機会を設けられないかと考えるようになったんです。
そんなときに飯田さん・内田さんから「出向の機会があれば挑戦したいです」というオファーをもらいました。偶然2人同時に。それで投資先に出向の相談をして、受け入れてもらったんです。
── その飯田さんと内田さんは、なぜ出向のリクエストを出したのでしょうか。
飯田:
私は新卒から3年ほどTOPPAN CVCで働いてきたのですが、スタートアップの現場を肌で感じたいと思っていました。「新卒の若造が、何を上から経営者にものを言っているんだ」。そんなこと言われたことはないのですが、そう言われているような気持ちが心の中にあったんです。出向という機会を上手く使えばスタートアップのことをもっと知れる。そう思って手を上げました。
内田:
自分も似た理由です。私が出向したのはスタートアップスタジオを手掛けるcombo。設立直後にTOPPAN CVCから出資し、その後出向しています。
内田:
TOPPAN CVCからcomboに投資した理由の一つは「凸版印刷として事業開発能力を高める」こと。なので誰かがcomboに行くのが自然だよねという話になっていました。じゃあ誰が行くの? という話ですが、投資を担当していましたし、クリエイティブやエンターテインメントが大好きだし、comboなら成長できそうだなとも思ったので、自分が行こうと、手を上げました。
── 菅野さんと牧野さんはどのような経緯でしょうか。
菅野:
私はアート・プラットフォームを運営するThe Chain Museumに出向しています。私は2人とは違って、投資先の依頼がきっかけです。「誰かいないかな」とご相談いただいて、私が手を上げて行くことになりました。
坂田:
最初(マネージャーである)私に「誰か凸版印刷から、連携の効果を出すためにも『事業部の誰かでもいいから』出向してくれないですか」と相談があったんです。でもその「事業部の誰かでもいいから」という言い方が気になった。それで「本当は誰がいいんですか?」と聞いたら「それは菅野さんだったら一番だけど」という話だったんです。「ご指名があった」ということで本人とも相談して、出向に至りました。
牧野:
私は保育・育児関連の社会課題解決を目指す「Childcare-Tech」領域のスタートアップであるユニファに出向しています。ユニファとの協業は2017年頃から継続して取り組んでいるのですが、もう一段アクセルを踏んで新規事業を検討していきたいという話になっていたんです。そんな時に出向してユニファの中から協業を推進するのがいいのでは、という話が出てきました。坂田さんに背中を押してもらったのもあって出向することになったんです。
坂田:
振り返ってみると、みんな出向ありきではなく、新卒でCVCに入ったとか、頼まれたとか、必然的に出向になったストーリーがありますね。出向してくれた4人はすごいですよ。大企業の社員って「自分はこの辺りが得意ですから」って新しいことをやりたがらないじゃないですか。でもこの4人は、出向によるバリューアップに挑戦している。バリューアップというのは投資先のスタートアップだけでなく、自分自身のキャリアもです。新しいチャレンジの後押しはしたいと僕も日々感じているので、出向も当然に後押ししました。
スタートアップに大事なカルチャーフィットは大丈夫?
── 出向先での業務内容を教えて下さい。
飯田:
私は、月齢2~7ヵ月の乳幼児に推奨している頭を矯正する医療機器ヘルメットを3Dプリンタで製作するジャパン・メディカル・カンパニーに出向しています。最初は研修的に、製造拠点で実際に3Dプリンタを扱ったヘルメットの製作過程を学びました。その後、顧客である医療機関にマーケティングや営業も兼ねて訪問。今は経営企画の仕事をしています。経営陣とディスカッションして、どう事業を推進するか、新規でどんなことに取り組むかといった内容をサポートしています。もちろん、凸版印刷との協業の橋渡しも私の役割です。
内田:
私はcomboに会社の立ち上げから関わっているので、最初の仕事はオフィスツールの調達でしたね(笑)。そこから新しい事業を作るための仕組みをつくり、それが落ち着いてきたので、今はネットワークを広げているところです。バックオフィス全般も対応していますよ。株主対応も、会計周りも。
菅野:
私も飯田と同じで、出向先のバリューアップと、凸版印刷との協業推進を担当しています。前者についてはアートのウェブプラットフォーム「ArtSticker」の営業です。アポを取ってプレゼンして導入していただいて……といった営業活動をしています。
牧野:
私はユニファではカスタマーサクセス部に所属して、新しい活動のフィージビリティの推進を担当しています。また凸版印刷のグループ会社であるフレーベル館という保育商社と凸版印刷が販売連携しているので、その推進も担当。新規事業の立ち上げプロジェクトにも携わっています。
── 出向してからの成果や、成長につながったエピソードがあれば教えて下さい。
菅野:
わかりやすいところでは、美術館へのチケットシステムの導入でしょうか。凸版印刷の営業時代にネットワークを使って「こういう営業をさせてほしい」と昔の同僚に頼んで、商談して導入に漕ぎ着けました。出向時に描いた理想形を実現しています。
飯田:
今私は経営企画を担当しています。そこでコスト削減が話題になりました。ヘルメットを作るにあたって、3Dプリンタの原料等が当然必要になるわけですが、適正在庫量が決まっていなかったんです。それで発注量を仕組み化して「この製造数だったら、この在庫量を発注」というルールを定めました。その結果、そこそこインパクトのあるコスト削減に成功しています。出向しなかったらこんな仕事をすることはなかったかもしれません。貴重な経験でした。
内田:
comboでは経営陣とミーティングをしているのですが、そこでは私がアジェンダの設定等を対応するようにしています。そうしたらいつのまにか社長ではなく自分が会議のファシリテーションをするようになったんですね。そこから経営陣の共通認識が生まれるようになってきた。この体験は嬉しくなりましたし、自分の成長も実感しました。
坂田:
出向したのがコロナ禍だったこともあって、正直計画どおりにいっていないこともあります。ただ協業の貢献度やバリューアップの結果は想像以上です。
当然投資先の担当者からも、出向者の話を聞くようにしています。そうすると皆さん、口を揃えて「非常に頑張ってくれています」と言ってくれるんですね。酒の席で聞いているのでおべっかではないと思います(笑)。
坂田:
驚いたのは、全員が「カルチャーフィットしている」と評価されていることでした。私は「カルチャー」とは「稼ぎ方」だと思っているのですが、大企業とスタートアップの稼ぎ方は全然違う。だから当初はこのギャップが苦しいだろうなと思っていたんです。でも蓋を開けてみたら全然そんなことはなかった。4社とも違うカルチャーなんだけど、全員がちゃんとフィットしているのは、素直にすごいと感じています。
── 一般的にスタートアップが採用活動するときには、カルチャーフィットを重視しますよね。ですが出向の場合は、同じ採用フローを必ずしも踏襲しているわけではありません。それでもフィットしているんですね。
坂田:
しているようです。要因は2つあると分析しています。まずはスタートアップに対するリスペクトを全員がもっていること。もちろん出向してからの苦労はあったと思いますが、それがあるからスタートアップと自らの「すり合わせ」ができたんだと思います。
もう1つの要因は、凸版印刷自体が「すり合わせ」のカルチャーなんです。印刷というコア技術をフックにして、顧客の課題を解決するのが凸版印刷のビジネス。つまりプロダクトじゃなくてソリューションなんです。なので顧客にフィットさせるというのは、昔から自然とやってきて、自分をすり合わせるという作業には慣れているのかもしれません。自覚していなかったのですが、これは凸版印刷のカルチャーなのだと、この件を通じて実感しました。
── 皆さん「カルチャーフィットしている」と評価されているそうですが、自身の体感としてはいかがですか?
菅野:
自分でフィットしているかは判断しにくいですが、働きにくいと思ったことはないので、フィットしているんでしょうね。みんながいる会議で自己紹介の場をくれたり、受け入れ側としてのスタートアップがよくしてくれたこともあって、最初から私はやりやすかったです。
飯田:
いきなり出向したわけじゃないですからね。経営陣とは出向前から、投資家の立場から1年ほどやりとりがあって、それから出向しています。なのでそれまでのやりとりで「飯田なら多分大丈夫だろう」と判断してくれたのではないでしょうか。
とはいえ、「凸版印刷の飯田」という認識をなくそう、ということは出向当初から意識していました。出向した当時がちょうど受験シーズンで、その時期のキットカットってメッセージが書けるんですよ。それに「飯田です、趣味はXXです」とか書いてみんなに配ったら、印象が強かったらしくて、「キットカットの飯田さん」と覚えてもらったんです。そこからランチに積極的に行ったり、会社に溶け込む努力をしました。
投資先のことをもっと知るためには? 出向してからの気づき
─ 出向してからの気づきを教えて下さい。
飯田:
2つあります。まずは意思決定の速さや経営のスピード感が想像よりも早かったこと。TOPPAN CVCは日々スタートアップの方々と関わっていることもあって、凸版印刷の中ではかなり意思決定が早いほうだと感じています。ですが、出向しているジャパン・メディカル・カンパニーの意思決定はその何倍も早い。チームメンバーとの距離が近くて、コミュニケーションを取りやすいのが要因だと思います。
2点目が経営陣の必死さ。投資家として携わっているときとは、感じる温度感が違いました。逆に言うと、TOPPAN CVCの時の自分は、それを感じられていなかったということ。その点は反省しています。
内田:
確かにスピードは思っていた以上ですよね。
── スピードはやはりスタートアップの方が早い……?
内田:
そういうと語弊があるかもしれません。スピード感を早めるために重要なのは、自責の徹底だと感じています。例えばcomboである案件を検討していて、自分は「これはいいな」と思ったのですが、他のメンバーの反応は良くない、ということがあったんです。そこで自分が責任をもって、その案件を担当することにしました。
内田:
昔の自分だったら、他の方々の意見を聞いてそれを参照点にして、やるかやらないか決めていたと思います。でもそれだとスピード感も落ちるし、そもそも案件に取り掛からなかったかもしれない。自分で責任をもつからこそ、スピーディに案件に取り組める。スタートアップの方が自責で仕事を進める機会が多い。だからこそスピード感があるのだと思います。
坂田:
もちろん階層や部署を跨ぐから時間が必要という側面はありますが、自責化できるかという担当者の問題は大きいですね。
牧野:
ユニファのバリューの一つに「One More Step」というものがあるのですが、皆さん本当にOne More Stepしているんですよね。内田さんの自責の話に近いですが、「自分の範囲はここだから」ということがなくて、みんなが同じ方向を向いて、自分にできることを最大限発揮しています。
一方で、本当にやることがたくさんあるので、リソースの限界という現実も知りました。だからこそ大事なのは優先順位。自分が凸版印刷との協業を考える上でも、この協業は会社の優先順位上のどの位置づけになるのか、という視点をもつようになりました。
菅野:
出向前後のギャップという意味では、私はもともと投資担当としてThe Chain Museumに関わっていたこともあって、プロダクトや戦略を理解しているつもりでした。ただ中に入ってみると、当然プロダクトにより深く触れることになります。そこから自分でも理解していなかったプロダクトの魅力や、気付いていなかった価値にも気づくことになりました。投資担当者としても、知った気にならないで、もっとスタートアップのプロダクトを理解できるようにならなくてはならないなと、今は感じています。
── 菅野さんの指摘のように、出向によって投資先のことをより知るようになることもあるかと思います。ですが投資時から知ることもできたはずですよね。どうすればよいでしょうか。
内田:
まずは単純にコミュニケーション量を増やすこと。会議に参加したり、なんならファシリテートもして、情報の絶対量を増やす。私は毎週月曜日に事務所に行っていますが、そこでちょっと話すだけでも、量・質的なコミュニケーションが高まると感じています。
牧野:
確かに、同じ課題を共有できる瞬間や、同じ目線で悩むことは大事だと思います。そうすることで相手側がどんな課題感を持っているか、自分に染みてくる。出向前はそれができていなかったわけですが、今ならできるかもしれませんね。
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前編はここまで。後編では、出向の成果や、出向が終わるきっかけについて語ります。後編はこちらから。
(執筆:pilot boat 納富 隼平、撮影:taisho)