成果を出すには、コミュニケーションを。投資事例から紐解くオープンイノベーション【イベントレポート】

2024年6月、TOPPAN CVCはマネーフォワードグループのHIRAC FUNDと共催で「投資事例から紐解くオープンイノベーション!」と題するイベントを開催しました。登壇していただいたのは、両社の投資先である以下の4社と、主催のHIRAC FUND、TOPPAN CVCです。

【登壇スタートアップ】
Wovn Technologies株式会社
タイムリープ株式会社
TRUSTART株式会社
株式会社グラファー

HIRAC FUNDはマネーフォワードベンチャーパートナーズ株式会社が運営するCVCです。TOPPAN CVCとは異なり、外部のLPからも出資を受け入れており、LPには事業会社に加え、地域金融機関も数多く参加しています。これが後掲の融資支援や地域起業とのマッチングなどにも活かされているようです。なおHIRAC FUNDには、TOPPANホールディングス株式会社もLP出資をしています。

当日は、タイトルにあるオープンイノベーションを成功させるための秘訣や、スタートアップとCVC間の日常的なコミュニケーションの仕方、大企業のDXまで話が広がりました。本記事ではその模様をダイジェストでお届けします。

多言語化、遠隔接客、不動産ビッグデータ、生成AI活用のスタートアップが登壇

まずは登壇企業を簡単に紹介します。

イベントの様子。会場はGoogle for Startups Campus Tokyoをお借りしました

Wovn Technologies株式会社は、ウェブサイトやスマホのアプリ、動画の字幕コンテンツなどを多言語対応するプロダクト「WOVN.io」「WOVN.app」(以下、サービスを指す場合は「WOVN」と表記します)を提供するスタートアップです。日本に在住する外国人やインバウンド観光客、海外投資家の増加に伴い、多言語対応や外国人対応は年々注目度を高めています。大企業のDXという意味では、WOVNを使うことで多言語化コストを半分にし情報量を2倍にすることに成功した会社や、多くの商業施設でバラバラに多言語化対応していたものを一貫した対応に変更できた事例などが紹介されました。TOPPANホールディングスと2016年に資本業務提携を締結しています。

続いて登壇したのは、遠隔接客サービス「RURA」を開発するタイムリープ株式会社。昨今はあらゆる業種で人手不足が深刻になっていますが、この状況が進めば、薬局やコンビニ、ホテルといったサービス業でのスタッフ不足はより深刻になると予測されています。そうなった場合に店舗が維持できず撤退してしまったり、店舗体験が悪化したりすることもあるでしょう。こんな状況を、遠隔地から店舗の接客を代替することで回避しようとするのがRURAです。RURAは少人数がコールセンターや自宅から接客できるような仕組みとなっており、顧客が来店したタイミングのみ接客することで、店舗の効率的な運営に寄与します。RURAを導入したインターネットカフェでは3人で30店舗、フィットネスジムでは3人で70店舗の接客を実現し、年間3.6億円相当の人件費を削減できた例もあるそうです。HIRAC FUNDから2021年に出資しています。

2020年に設立し、2022年に三菱UFJ信託銀行からスピンアウトしたTRUSTART株式会社は、不動産ビッグデータSaaS「R.E.DATA Plus」を不動産会社や金融機関などに提供しています。不動産のデータは大量の紙やPDFで保存されており、一元管理されていないケースが少なくありません。そこでTRUSTARTは、不動産登記簿謄本から不動産オーナーの名前や住所などの情報を取得し、使いやすいようにデータに加工してユーザーへ提供できるようにしました。アナログ情報のデジタル化にも強く、行政や法務局、保健所などにも情報を提供してもらっているそうです。HIRAC FUNDから2023年に出資しています。

生成AI活用による企業変革の実現を目指すのは、株式会社グラファー。企業向け生成AI活用プラットフォーム「Graffer AI Studio」など、ユーザーがプロンプトを意識せずに生成AIを使えるプロダクトを開発しています。汎用的に活用しやすいチャットサービスに加え、プロンプト不要で活用できる「タスクライブラリ」、チャットで高度な活用ができるデータ分析機能、社内データのみを基にした情報検索ができる「ナレッジベース」といった機能を提供しています。190を超える行政機関での導入実績、ISMS認証及びプライバシーマークを有する環境において、生成AIの安全な活用を考えるエンタープライズ企業をこれまで支援してきました。TOPPANホールディングスとは2020年に資本業務提携を締結しています。

さてここからは、大企業DXやCVCとの連携について語られたパネルディスカッションの模様をダイジェストで紹介します。
※以下、敬称は省略します

フェーズによっても求めるものは変わる。各社の連携内容は?

甚野(HIRAC FUND):
モデレーターを務める、HIRAC FUNDの甚野(じんの)です。よろしくお願いします。まずは各社がTOPPAN CVCまたはHIRAC FUNDとどのような連携をしているか、教えてください。

池田(Wovn Technologies):
TOPPANの営業の方にWOVNを販売していただく営業面での連携や、TOPPANで開発しているプロダクトにWOVNを導入してもらったりする連携をしています。

甚野(HIRAC FUND):
プロダクトそのものの説明や、潜在顧客にどのように伝えてほしいかといったことも共有しているのですか?

池田(Wovn Technologies):
TOPPANの事業部門にWOVN専任の担当者がいて、その方にプロダクトの説明を細かくしています。とはいえ担当者に任せっきりというわけではなく、社外への商談の際には我々が同席することもありますし、首都圏や関西でのTOPPAN社内の啓蒙活動に我々が参加することも珍しくありません。

甚野(HIRAC FUND):
ちなみにTOPPAN CVCでは、投資した時点で連携内容を決めているのでしょうか。

高橋(TOPPAN CVC):
投資時点でスタートアップとテーマや方向性の合意はしますが、投資後の環境変化も踏まえ、必要に応じて方針転換しています。継続的に議論を重ね、どうしたらお互いの強みが活かせるかは、社内でも常に考えるようにしていますね。

Wovn Technologies株式会社  Head of Sales Section 池田 賢史さん

望月(タイムリープ):
事業会社の株主に求める支援は、スタートアップのフェーズによって求めるものが変わってきます。Wovn TechnologiesさんとTOPPANさんは営業面で連携しているとのことでしたが、プロダクトが固まっていない創業期でこの連携は難しいですよね。HIRAC FUNDはマネーフォワードグループということもあって金融機関との繋がりがたくさんあり、これまでそういった側面からタイムリープはサポートいただいてきました。事業フェーズが進めば、販売チャネル拡大という面での連携を強化したいと考えています。

甚野(HIRAC FUND):
タイムリープはジャフコ グループ株式会社やセーフィー株式会社からも出資されていますよね。そちらとの連携はいかがですか?

望月(タイムリープ):
はい。RURAは省人化やコスト削減、人手不足に関心の高い経営層にアクセスするのが有効ということもあって、ジャフコさんには大手企業の役員クラスの方を紹介いただいています。セーフィーさんは全国の様々な店舗に25万台のクラウドカメラを導入している会社でRURAとのシナジーが高いため、既にカメラを設置いただいている店舗にRURAを紹介いただいたりしています。

タイムリープ株式会社  代表取締役CEO 望月亮輔 さん

荒木(TRUSTART):
TRUSTARTは2023年にHIRAC FUNDから出資を受けていて、甚野さんに担当いただいています。月例定例会議では販路の紹介をお願いしたり、今求めている人材をリストにして該当者がいないか探してもらったり、色んな支援を図々しくお願いしてきました。望月さんからもHIRAC FUNDは地方金融機関との関係が深いという話がありましたが、特に販路に関して金融機関は我々の不動産ビッグデータとの親和性が高いため、色んな会社を紹介いただいています。

甚野(HIRAC FUND):
金融機関の方にTRUSTARTの説明をすると「すぐにでも使ってみたい」と言っていただけることが多くて、我々も日常的に紹介しています。
荒木さんから定例会議の際のリストの話がありましたが、そこには全株主の名前が掲載されていて、この株主はこういうことをしてくれたということがどんどん書き込まれていくんですよ。なので株主もプレッシャーがあって大変です(笑)。

TRUSTART株式会社  取締役COO 荒木 啓太 さん

西村(グラファー):
TOPPANには、プロダクトを立ち上げたばかりのときは初期ユーザーになっていただいて、色々なフィードバックをいただきました。また我々もWovn Technologiesと同じく、販売代理という形で連携しています。スタートアップは人数も限られているため、営業の一端を担っていただけるのは助かっていますね。

株式会社グラファー  Enterprise事業推進部 マネージャー 西村 祐紀 さん

ファーストユーザーからヘビーユーザーへ。スタートアップからみた事業会社へのリクエストは?

甚野(HIRAC FUND):
投資家側の視点も聞かせてください。TOPPAN CVCは連携支援については、どのような点に留意していますか?

高橋(TOPPAN CVC):
支援内容はスタートアップや担当者によって変わるのですが、出資をしてから半年程の間に一定の関係値を築けるかどうかが、その後の連携をスムーズに進められるかどうかを決めると思っています。それもあり出資当初は、月次や隔週でスタートアップ、TOPPAN CVC、TOPPAN事業部門の三者で定例会議を実施し、どういったテーマでどのように連携をするのか、詳細を詰めるようにしています。この際、もちろんCVCが可能な限りのサポートはするものの、CVCがいなくても業務提携が進むのが理想です。HIRAC FUNDはいかがですか?

甚野(HIRAC FUND):
HIRAC FUNDは、マネーフォワードの取締役 グループ執行役員CFO/CSOである金坂と、2019年にマネーフォワードグループに加わったスマートキャンプ株式会社の創業者である古橋の2名が代表パートナーを務め、同じくマネーフォワードグループ代表取締役社長の辻を併せた3名で投資委員会を構成しています。そのため投資家という以前に自分たちが起業家なんだという自負が強いんです。その立場からスタートアップをどう支援できるかは頻繁に議論していて、支援が投資家の自己満足にならないように気をつけています。支援の特徴としては、先ほどから話題に出ているように、我々は金融機関との幅広いネットワークがあります。これを活かしてスタートアップの融資支援をしたり、顧客を紹介したりすることが多いですね。

・TOPPANホールディングス株式会社 事業開発本部 ビジネスイノベーションセンター 戦略投資部 高橋 琢朗(左)
・マネーフォワードベンチャーパートナーズ株式会社 ディレクター 甚野 広行さん

甚野(HIRAC FUND):
改めて、スタートアップ側の意見を聞かせてください。昨今、オープンイノベーションは進んでいるものの、すべての事業会社がスタートアップと上手に連携できているわけではありません。スタートアップからみて、事業会社と上手く連携するためにはどうすればいいか、ヒントをください。

望月(タイムリープ):
どういう支援をしてほしいのか、スタートアップ側からのリクエストも大事かと思っています。私たちも資金調達の交渉時に「投資後にはこういう支援をしてほしい」「こういう期待があって出資をしてもらいたいと思っている」といった話は必ず投資家とするようにしていますね。

荒木(TRUSTART):
TRUSTARTは不動産ビッグデータと親和性の高い事業会社や金融機関に出資いただいていますが、その中からTRUSTARTに出向いただいている事例があります。そうすることで先方も我々のサービスの理解が深まりますし、我々も社内の課題が深く理解できるようになる。これはWin-Winの関係が築けていいですね。

甚野(HIRAC FUND):
なるほど、出向ですか。ちなみにHIRAC FUNDはTOPPANホールディングスにLP出資いただいていて、TOPPANホールディングスからも1人出向いただいています。VCもスタートアップも出向は上手く使っていきたいですね。

西村(グラファー):
先ほど、TOPPANに初期ユーザーになっていただいたことがありがたかったとお伝えしましたが、次はヘビーユーザーになっていただけるかどうかが重要になってきます。そうすることで、より連携しやすくなりますからね。実際、出資関係のないヘビーユーザーの事業会社とは何か一緒にビジネスができないか、なんて話が出てきています。そのためTOPPANホールディングスさんにはもっともっと使っていただけると、なお嬉しいですね(笑)。

高橋(TOPPAN CVC):
社内のアカウント数を増やすことが私の裏のKPIなので、頑張ります(笑)。

連携を深めるためには、CVCではなく事業部門とコミュニケーションを

甚野(HIRAC FUND):
4社とも大企業のDXを推進するサービスだと思いますが、大企業側に感じる課題を教えてください。

池田(Wovn Technologies):
Wovn Technologiesが扱うローカライズという領域は、そもそも社内に専任の方がいないということも珍しくありません。担当者がいないと話が進まないので、まずは担当者や責任者をはっきりと決め、その方々にDXを進めてもらうのがいいのではないでしょうか。

荒木(TRUSTART):
全国の不動産会社や金融機関に「なぜ昔のままのやり方をしているのか?」と質問すると「昔からそうやっているから」という回答が返ってきます。でも時代が進むにつれ、優れたUI/UXを備えたサービスが登場しますよね。R.E.DATA Plusもその一つだと自負しています。新しいサービスが出てきた時のスイッチングコストを過大に見積もってしまうのか、現在のシステムが最適だと判断しているのか定かではありませんが、新しいサービスを取り入れる難しさを乗り越えることは、どの組織にも必要かと思います。

甚野(HIRAC FUND):
最後に、会場から質問が来ています。投資家である事業会社と、コミュニケーションを取ったり、連携を深めたりするために工夫していることはありますか?

池田(Wovn Technologies):
投資家である事業会社の担当者にWOVNを好きになってもらうことが大事だと思っています。先日、弊社が新しいLPを公開したのですが、私は全然知らなくて、TOPPANの担当者から教えてもらったことがありました(笑)。それくらいWOVNに興味を抱いていただけるということは、恐らく他社に説明するときなどにも活かされているはずで、我々としてはすごく助かります。

西村(グラファー):
実際に事業連携を進めるのは、CVCの方々ではなく事業部門の方々です。そのため、僕らとしても事業部門と密にコミュニケーションを取らないと、お互いの価値を高められません。先ほど高橋さんも話されていたように、CVCの方がいなくても連携を進めるくらい事業部門の方々とコミュニケーションをとらなくてはいけないと思っています。

甚野(HIRAC FUND):
本日は4社から、CVC・事業会社と連携するための貴重なお話を聞かせていただきました。ありがとうございました。

(執筆:pilot boat 納富 隼平)