凸版印刷は新事業創出のため、2016年から現在までに国内外約60社のスタートアップ企業と資本業務提携を結んできました。その中で、スタートアップと凸版印刷の橋渡しをするのがTOPPAN CVCです。
TOPPAN CVCのスタートアップへの出資は、そのすべてが資本業務提携。そのため、スタートアップと事業部門の相互理解は不可欠です。本記事では、凸版印刷の事業部門とスタートアップを繋ぐCVCの役割や、事業部門がどのようにスタートアップとの連携を事業に活かしているのかを、これまで複数のスタートアップとの協業を担ってきた担当者に聞いていきます。登場するのは、ビジネスプロデュースセンター 営業本部長の村田、ブランドマーケティング部・企画担当の久加、そしてCVCに籍を置きながら「社内副業」として企画担当を兼務している高橋です。
スタートアップ出資は大変。でもそれ以上に「面白い」
── 本日は、凸版印刷の事業部門と、スタートアップ投資の関係を聞かせて下さい。最初に、事業部門でスタートアップとの協業を担当しているお2人の自己紹介を簡単にお願いします。
村田(営業本部長):
私は情報コミュニケーション事業本部の中のビジネスプロデュースセンター第一営業本部という営業部門長をつい先日拝命し、クライアントとのフロント対応を担当しています。それまでは久加と同じ企画部署に所属していました。Web3マーケティングプロジェクトも担当しています。
村田 高章|MURATA Takaaki
情報コミュニケーション事業本部 ビジネスプロデュースセンター 第一営業本部 本部長
久加(ブランドマーケティング部・企画担当):
私はビジネストランスフォーメーションセンターに所属しています。その名の通りDXやCXを推進する企画部門で、普段は消費財メーカーを中心にクライアントの販促支援をしています。
久加 将允|KYUKA Masanobu
情報コミュニケーション事業部 ビジネストランスフォーメーションセンター エクスペリエンスデザイン本部ブランドマーケティング部 課長
── 営業や企画系のお仕事を担当されている2人が、最初にCVCを通してスタートアップと関わった案件を教えて下さい。
村田(営業本部長):
2019年にb8taが日本に上陸しているのですが、その際の資本業務提携を担当したのが、私にとっての最初の案件です。
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村田(営業本部長):
当時b8taは既にアメリカで20店舗以上展開していて、国内でも大きな話題になっていました。「売らないマーケティングストア」として先駆的なリテール運営をしていて、日本企業のビジネストリップでも必ず視察していたんです。私たちも当然情報としては知っていたので「まさかあのb8taと資本業務提携の機会があるのか」と驚きましたし、喜んだのを覚えています。それもあってb8taの案件は私が自分で担当しました。当時は企画部長なのに1人で(笑)。
── 部長自ら担当するのは珍しいですね。
村田(営業本部長):
そもそもですが、CVCとの案件は誤解を恐れずに言うと、普段の案件に比べて大変なんですよ。プロジェクトとして多くの関係者が関わりますし、何より事業部門もスタートアップの成長に責任を担うことになる。だから中には、CVCとの連携を避けたがる人もいるかもしれません。
じゃあなんでやるのかというと「面白い」んですよ。面白いから担当するんです。とは言っても、最初の案件で誰もやったことないことなんて担当しにくいだろうなと思って、私が最初に自ら体を張ってやってみることにした、というわけです。
それで、凸版印刷の100社以上のメーカークライアントに「b8taというサービスがありまして……」と売り込みに行って、b8ta Tokyo – Yurakuchoや、b8ta Tokyo – Shibuyaオープンのクライアント製品の出品に繋げました。クライアントからは「斬新で自社ブランドのイメージアップに繋がった」と喜んでいただけましたし、b8taの皆さんからも凸版印刷は出資だけではない「ビジネスパートナー」として認めてもらっています。
村田(営業本部長):
それ以外にも、(当時の)私の担当はマーケティングだったので、マーケティング領域でシナジーを出したい資本業務提携があれば、その都度CVCから声をかけてもらっています。そこから久加を始め部下に担当を割り振って、出資検討まで一緒に協業案を考える。出資した後は担当者が自走するというケースが多いですね。
久加(ブランドマーケティング部・企画担当):
私はトレタやオシロを担当しています。
トレタは飲食店向けに予約/顧客台帳や店内モバイルオーダーサービスを展開している会社で、直接飲食店へ営業をしています。ただ他のルートも開拓できないかということで、凸版印刷が協力できるんじゃないかという話をしています。例えば飲料会社は系列の飲食店をもっているので、もしその飲食店がトレタを導入すればBtoB的な顧客満足に繋がるかもしれないし、どんな人が自社の商品を飲んでいるか分かるようになる。そういったアイデアなどを話しています。
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一方のオシロは、ファンコミュニティ事業を展開している会社です。我々の視点では、ファンマーケティングは注目を集めている分野で、凸版印刷のクライアントも気にしている会社が多いと感じています。とはいえ、クライアントがファンマーケティングを展開したいとなっても、凸版印刷が支援できる領域は広くありませんでした。
でもCVCからファンマーケティングを展開しているスタートアップ企業に投資して、親戚のような関係になれば、一緒にファンマーケティングサービスをクライアントに提供できるようになる。つまり、「凸版印刷に任せてもらえば、ワンストップでファンコミュニティ運営ができますよ」とクライアントに提案できるようになるんです。これは私達にとっても大きなメリット。もちろん、オシロのファンコミュニティの仕事をフックに、その周辺のプロモーションやマーケティング施策を担当することも狙いの一つです。これが資本業務提携の理想的な形ですね。
オシロ、凸版印刷と資本業務提携を発表 |
CVCから事業部へ社内出向。組織の力学をスタートアップ投資に活かす
── CVC活動の中でスタートアップが投資先候補に挙がったあと、事業部門へはどのように相談するのでしょうか。
高橋(CVC):
まず、どういった(資本)業務提携が考えられるか、CVCで先行して検討します。社内への説明ですし叩き台なので、提案書のように綺麗に作り込むまではしません。それでマーケティングや営業関連の提携案だったらまず村田に相談し、担当者を紹介いただいて細部を詰める。それをもってスタートアップと相談するというイメージですね。
高橋 琢朗|TAKAHASHI Takuro
凸版印刷株式会社 事業開発本部 戦略投資部
村田(営業本部長):
昔はちゃんと資料を持ってきてくれていましたけどね(笑)。でも今はもう関係が縮まったのでラフに来てくれています。私達としてもその方が嬉しいですね。
高橋(CVC):
ただ複数回連携の可能性を相談する中で、事業部門の活動を理解しきれていないことに気づきました。というのも事業部門がクライアントへ提案している内容が、どのような経緯で相談いただくのか、時に協力企業の力を借りながらどうように顧客へ提案するのか、CVC部門で働いているだけでは中々見えてこないところが多かったんです。
繰り返しになりますが、TOPPAN CVCからスタートアップへの出資はそのすべてが資本業務提携です。なのでCVCとしても事業部の理解を深めなければ、効果的な資本業務提携案を考えることは難しい。もっと事業部門の内情を学ぶ必要性を感じたので、CVC・事業部門と相談し、元々あった「社内副業」制度を活用して事業部門に半分籍を置くことにしました。そのため、私は実は名刺を2つもっています。制度上は「社内副業」という名称ですが「社内出向」みたいなイメージですね。
── 社内副業しての学びはありますか?
高橋(CVC):
改めて、分かっていないことが多いと日々感じています。
社内副業をするまでは、これまで事業部門の動きは村田や久加伝いでしか分かりませんでした。なので想定よりも順調に進んでいると思うときもあれば、なかなか進まないと感じることもありました。でも、具体的にどのようなアクションをしているかまではキャッチアップできていなかったため、なぜなのかが腑に落ちていなかったんです。
それが今、実際に事業部門として働くことでわかってきました。「こういうところが順調に進む要因なのか」「こういう材料があると上手くいくんだ」「ここが難しいと進まないんだな」という感覚が自分に備わってきているのを日々感じています。
村田も久加も他の業務もある中で、毎回協業案を考える際に細部まで聞くわけにもいきませんし、そんな中で最初のひとまずの判断ができるようになったのは、社内副業をしてよかった点ですね。
例えば営業一つとっても、CVCやスタートアップが「これはいいサービスですよ」「お客さんにとってもいいことだと思うよ」と言って凸版印刷の営業に提案しますよね。でも、じゃあそれですぐに営業がクライアントにアポを取るかというと、そういうわけでもないんです。クライアントごとに提案内容をカスタマイズしたり、クライアントの適切な担当者をすぐに把握できないこともある。だからこちらとしてはタイムマネジメントしなければいけないかもしれないし、提案の仕方を工夫しなければいけないかもしれない。なんにせよ、そういう肌感覚は今までの自分にはありませんでした。
村田(営業本部長):
営業の点でいうと、私が4月から営業の担当になったので、これからは営業とCVCの連携をもっとスムーズにしたいと思います。高橋君には「営業・高橋」の3枚目の名刺を用意しておきますよ。それならすぐにアポが取れるでしょ(笑)。
高橋(CVC):
ありがとうございます(笑)。といっても、まだまだ今の事業部のことも全て理解できているわけではありませんし、他の部署のことは当然わかりません。だから例えば「XXというスタートアップと資本業務提携をしました」というプレスリリースを出すと、社内から問い合わせが結構あるんですよ。
村田(営業本部長):
そうなんだ。
高橋(CVC):
そうなんです。元々は「ちょっと遠い部署かな」と思って事前相談していなかったのですが、実際に話を聞くと、説得力をもって「こういうクライアントに提案しにいきたい」と言われることも珍しくありません。その度に「そういうニーズがあるのか」と感心しています。CVCとしては嬉しい話ではあるのですが、出資前に相談できるのがベストなので、もっと社内の知見を溜めていかなければいけないなと思っているところです。
スタートアップとの連携で、トッパンビジネスの武器を増やす
── CVCから事業部門に相談に行くパターンではなく、逆に事業部からCVCに「こういうスタートアップを探してほしい」とリクエストすることもあるのでしょうか。
村田(営業本部長):
当初はスタートアップ投資なんて全然分からなかったので、「こんなところに出資しようと思っているけど、どう思いますか?」と、CVCから相談を一方的に頂いていました。最近になってようやく、例えば「Web3領域でこういうテーマの会社はいないですかね」といった相談ができるようになってきました。
久加(ブランドマーケティング部・企画担当):
そうですね。リクエストしたいんですけど、正直まだ全然できていないですね。これからの課題です。
村田(営業本部長):
事業部門からCVCへリクエストする「逆指名」は、本来は企画だろうと営業だろうと、全員がするべきだと考えています。クライアントに「これから刺さるもの」を考えるのはビジネスとして当たり前ですからね。
実際、営業メンバーからも「こんなテーマを提案したいと思っていて、スタートアップを探しています」といった話も出てきているんです。あとはCVCに相談しにいくだけ。事業部門のメンバーからCVCに自発的に相談がいくのも時間の問題じゃないかと思います。
高橋(CVC):
逆に、CVCとしてもどういう状況になったらCVCに相談してほしいのか、投資するのか、どこまで連携が強固になったら、どういう座組みだったら出資も考えられるのかを、事例も含めて社内に発信すべきと感じているのですが、どうですか?
久加(ブランドマーケティング部・企画担当):
そうですね。我々はもうたくさん案件に携わっているのでわかりますが、他のメンバーはまだ肌感がないかもしれません。「出資している部署があるんだ」くらいの認識かもしれませんし、「出資なんかされても責任取れないよ」なんて考えている方もいると思います。このハードルを下げていかないと、CVCにとっても、その先のスタートアップにとってももったいないですね。
高橋(CVC):
確かに「よくわからないから怖い」なんて思われているような気はしているんです。
久加(ブランドマーケティング部・企画担当):
でもスタートアップ自体には興味があると思うんですよ。それこそ出資先の案件を事業部門内で喧伝しているとき、ある会社の営業チームが「面白そうだから、1社だけでなくどんな投資先があるのか教えてほしい」といって、投資先を全社棚卸ししたことがありましたよね。営業からすれば武器が増えることは大きなメリット。こういった鼻が利く営業が増えてくれると嬉しいですよね。
村田(営業本部長):
凸版印刷としては今、経営戦略としてDXとSXを掲げていて、これら2つは営業の2大テーマになっています。とすると、この領域でスタートアップとの協業は、誰もがわかりやすいし、腹落ちする。まずはこの辺りを重点的にやってみてもいいかもしれません。
高橋(CVC):
そうですね。社内の情報共有として、こちらからもちゃんとプッシュして、見てもらいやすい・分かってもらいやすい形で伝えていかないといけませんね。
村田(営業本部長):
あとはグローバルですね。グローバルスタートアップとの提携。事業部門だけだとどうしても情報収集は大変ですし、言語の問題もありますから、CVCがリードしてくれるなら事業部門としては嬉しいケースもあるでしょう。個人的には、グローバルスタートアップの日本進出を凸版印刷が肩代わりするぐらいのレベル感でお付き合いしたいと考えています。
高橋(CVC):
なるほど、頑張ります!
ビジネスプロデュース力が、スタートアップとの連携を強化する
── 事業部門とCVC、ひいてはスタートアップとの連携は、どうしたらもっと増えるでしょうか。
村田(営業本部長):
そもそもCVCと関係なく、事業部門の全員が「ビジネスプロデューサー」になることが大事だと考えています。
凸版印刷という会社は印刷物を始め、受注を生業としてきた会社です。ですが今は、私の所属も「ビジネスプロデュースセンター」となったように、一人ひとりがビジネスをプロデュースする会社に変わっていこうとしています。でも、まだまだなりきれていないのが実態です。
クライアントや自社のビジネスをプロデュースしようとすると、私達だけで全てには対応できません。なので協力者が必要になってくる。もちろんビッグプレイヤーも選択肢ですが、先端テクノロジーを扱っているスタートアップとの連携も重要です。もう私の周りはこういう思考になってきています。投資の有無に関わらず、スタートアップと一緒にビジネスを作って、市場を開拓しなくてはならない。この思考にならないで今日明日の受注だけを気にしている内は、「CVCに相談」という発想にはならないでしょうね。
久加(ブランドマーケティング部・企画担当):
確かに、クライアントとは今まで発注・受注というある種の上下関係だったので、そこを変えていかなければならないとは感じています。プロデュースは伴走だから、クライアントに対して何か新しい知恵を提供し、提案しなければならない。でも「スタートアップには同様の事例がないから紹介なんてできない」なんて言ってるようだと、伴走・プロデュースはできません。
村田(営業本部長):
クライアントにしても、既にスタートアップと直で取引している会社もあるわけです。だったら凸版印刷としては、スタートアップと先に手を組んでおかなければならない。それがビジネスのプロデュースに繋がる。仕事で求められるものが変わっているのだから、仕事のやり方も変えるのは当然です。
久加(ブランドマーケティング部・企画担当):
先程の「すぐにクライアントに提案しにいけない」という話も、ビジネスプロデュースに課題があるからだと思います。オリエンを受けてそれに応える提案をするのと、先手をとってプロデュースするのではビジネスの仕方は変わってきますし「凸版印刷のCVCが目利きした、いいスタートアップを紹介させてください」は武器になるクライアントもあるはず。でもまだやりきれていない。これができるようになれば、凸版印刷としても大きな武器になるはずです。
村田(営業本部長):
繰り返しになりますが、「スタートアップに投資している」という事実は、営業活動上もメリットがあるんです。「うちが身銭を切って出資している会社」とは単なるパートナー関係ではなく、ある種の「ファミリー」。だからクライアントに紹介しやすくなるし、クライアントも受け入れやすくなる。やはり出資していると、スタートアップとの関係は通常のパートナーシップとは全然違います。
──CVCの立場から、事業部と「こういうことをやりたい」という次の構想はありますか。
高橋(CVC):
もっと事業部門の各メンバーの興味・関心をラフに聞けたり、共有できるような仕組みを作りたいと思っています。CVCではリサーチしている各領域のレポートを社内にもっと公開していきたいですし、村田や久加が担当しているWeb3の領域でどういうテーマがホットなのかというディスカッションをしてもいい。最終的な目的はスタートアップと事業部の連携により新しい価値を創ることなので、実際に推進している方の感覚をもっと知る工夫をしていきたいです。
村田(営業本部長):
営業本部の情報交換会に来れば? スタートアップの話になったときに「これCVCに相談してる?」「いや、してないです」「えっ?」なんて会話が先日あって……。
高橋(CVC):
行きます!
村田(営業本部長):
うん、出たほうがいいと思う。じゃあメンバーに入れときますね。
── 早速解決への糸口が見つかりましたね(笑)。
(執筆:pilot boat 納富 隼平、撮影:taisho)