鍵は「ユーザー視点の科学的再現性」。ブランドDXでクライアントへのバリューチェーンを伸ばす | NEW STANDARD × TOPPAN 協業への道すがら

TOPPAN CVCは2023年、オリジナルのAIツールやデザイン思考などを活用したブランド開発・マーケティング事業を展開するNEW STANDARD株式会社(以下、「NEW STANDARD」)と資本業務提携契約を締結しました。

NEW STANDARDは「メソッド」「データベース」「ツール」といったケイパビリティを武器に、ミレニアル・Z世代(以下「MZ世代」)のインサイトを捉え、ブランドDXを推し進めるスタートアップです。TOPPANグループがかねてより生業としてきた(パッケージなどの)製造や外見的なデザインと、NEW STANDARDの課題解決のためのメソッド・データベース・ツールを組み合わせることで、提供できるバリューチェーンを伸ばし、クライアント企業に関する課題のワンストップでの解決を試みます。

両社の事業内容は、協業することでどんな価値を創出するのか、それによってクライアント企業にはどんな恩恵があるのか。NEW STANDARDの久志代表、TOPPANで協業を担当する中島、TOPPAN CVCの菅野と飯田に聞きました。

「意味のイノベーション」を実践する会社

── 最初に、NEW STANDARDがどんな会社なのか、教えてください。

久志(NEW STANDARD):

NEW STANDARD株式会社は、MZ世代をターゲットに据えた、ブランドDXカンパニーです。「ユーザー起点」「新しい価値(イミ)創造」「アジャイル開発」などを特徴とし、新しい時代の価値観やユーザー起点のインサイトを活かしたクライアント企業のブランド開発やコミュニケーション開発などを支援しています。

久志 尚太郎 | KUSHI Shotaro
NEW STANDARD株式会社 代表取締役
「この世界は、もっと広いはずだ。」をパーパスに、創作、経営、研究を行う。デザイン思考や意味のイノベーション、感性のデザインが専門。外資系IT企業や社会起業家を経て、2014年『TABI LABO』(現: NEW STANDARD)を創業。経営学修士、東京大学大学院工学系研究科共同研究員。

久志(NEW STANDARD):
NEW STANDARDの創業は2014年。「TABI LABO」というwebメディアから事業を始めました。しばらくTABI LABOの中で広告事業を運営して、気付いたことがあります。僕らは生活者のことを深く理解できていますが、僕らのクライアント企業は生活者のことをわかっていないんです。定量的な情報は知っていても、リアルで定性的な情報は知らない。この気付きが我々のスタート地点となりました。そこで現在NEW STANDARDでは、必要なツールを開発しデータを用いてMZ世代の情報を収集し、戦略レイヤーからD2C迄バリューチェーン全体に渡ってクライアント企業の「ブランドDX」を推進しています。

ここまで説明してきたように、我々は一般的なワンプロダクトのスタートアップではありません。すぐに理解してもらえないほど複雑な事業になっているのが悩みのタネです(笑)。

飯田(TOPPAN CVC):

(笑)。確かに、CVCチームに紹介された際にも、NEW STANDARDが何の会社なのか、即座に全員が理解できたわけではありません。そこで理解を促進するため、久志さんがこんな例え話をしてくれました。

サウナを想像してください。サウナは従前、オジさんが汗をかいてリラックスする場所でしたよね。この「サウナという記号(対象)」に「マインドフルネスという文脈」を掛け合わせることで、「ととのう」という新たな価値が創造されました。このように、「新たな文脈」を掛け合わせることで「新たな価値(イミ)」をつくるのがNEW STANDARDです。

飯田 輝 | IIDA Hikaru(写真右)
TOPPANホールディングス株式会社 事業開発本部 ビジネスイノベーションセンター  戦略投資部
2019年に凸版印刷株式会社(現TOPPANホールディングス)に入社。大学時代には、全世界の投資家とスタートアップのマッチングイベント「Slush」のコアメンバーとして、持ち前のコミュニケーション能力を用いて、チームを束ねた。入社当初からCVC部門に所属、海外留学などのバックグラウンドを活かし、スタートアップ企業との資本業務提携による事業開発を推進。2年間、自身の投資先に出向、営業及びIPO準備を社員の一員として支援。担当先はispace、Linc’wellなど。

久志(NEW STANDARD):

「意味のイノベーション理論」ですね。これまで記号(対象)に対して紐づいていた文脈ではなく、新しい文脈で記号を解釈し、新しい意味を創るという考え方です。例えば今、私の手元には「水」という記号があります。これには従来から生理的な水分補給という「文脈」があり、その文脈で「水」を意味解釈しています。

一方で、「水」という記号に、例えば「サステナビリティ」といった新しい文脈を与え、新しい意味を創るのが意味のイノベーションです。水にサステナビリティをかけ合わせた事例は、い・ろ・は・す (I LOHAS)の考え方ですが、このように新しい意味をつくるための独自性がNEW STANDARDの強みで、記号に対して違う文脈から光を当てた時にどういう意味解釈ができるのかといったことを、クリエイティブやブランド開発に活かしています。

NEW STANDARDが提供する意味のイノベーションの一例

NEW STANDARDとの協業で、TOPPANにユーザー視点は生まれるか

── NEW STANDARDの特徴の一つは「ユーザー起点」だと述べていました。今の時代、「ユーザー」は常識のようにも感じるのですが、実践できていない会社も多いのでしょうか。

久志(NEW STANDARD):

多いですね。これまでクリエイティブ制作は、クリエイターの職人芸であると考えられ、それ故に、ユーザー起点ではなくクリエイターまたは企業起点で制作されてきました。一方NEW STANDARDでは、クリエイティブをユーザー起点・アジャイルで制作しています。しかも、クリエイティブやデザインプロセスを科学し、再現性のある形にしようと試みてきました。その一例として、2024年5月に開催される「DESIGN2024」というヨーロッパでも権威性の高いデザインに関する国際会議で、査読論文を発表する予定です。

既存の広告代理店がクリエイター起点・ウォーターフォール・職人芸という特徴をもっているとしたら、NEW STANDARDはユーザー起点・アジャイル・アカデミアからの評価される再現性あるメソッドを重視しています。クリエイティブ制作という意味で両者は同じように見えても、そのアプローチ方法は真逆なんです。

── 「ユーザー理解が出来ていないケースは多い」との久志さんの指摘ですが、TOPPANとしては思い当たる節はあるのでしょうか。

中島(TOPPAN):

正直に言うと、ユーザー理解はなかなか難しい面があります。というのも、TOPPAN、特に社名変更前の「凸版印刷」時代、我々は受注業務を主な生業としてきました。そのためクライアントの注文は絶対で、その先のユーザーや消費者を見据えることが難しかったんです。つまり、ユーザー起点というよりは、「クライアントがこうしたいからこうする」という状況でした。もちろん我々もインタビューや調査機能はもっていますが、一人ひとりのインサイトを掘り下げる機会は少なかったのが実情です。

中島 章吾 | NAKAJIMA Shogo
TOPPAN株式会社 情報コミュニケーション事業本部 ビジネストランスフォーメーションセンター エクスペリエンスデザイン本部 ブランドマーケティング部 部長
2011年に凸版印株式会社(現TOPPAN株式会社)に入社し、流通・小売りの販促企画のリーダーとして経験を積む。2019年に現部門に異動。企業・製品・サービスのブランド体験を起点にマーケティング戦略を設計し、企業のビジネス変革(BX)に貢献。

久志(NEW STANDARD):

TOPPANに限らず、こういった状況の企業が大勢だと思います。そもそも僕たちは、クライアントのオーダーに正直に応えるのは良くないと思っているんです。なぜなら、そのオーダー通りにやっていれば、既に問題は全て解決されているはずだから。しかし、問題が解決されていないということはユーザー起点で考えられていないことが、まだあるからだと僕らは捉えています。だからNEW STANDARDでは逆に「ユーザーインサイトはこうだから、このよう解決策を用いるべきだ」という提案をするんです。

── なぜ今、NEW STANDARDのようなやり方が必要とされてきているのでしょうか。

久志(NEW STANDARD):

最大の要因はDXという概念の浸透でしょう。あらゆる分野でそうであるように、マーケティングやクリエイティブにもDXの波が押し寄せています。DXというのは、単なるデジタルの活用に留まりません。「DX = ユーザー中心」だと言われるように、ユーザーを起点にソリューションを考えていくことが求められています。でも多くの企業は、ユーザー起点のやり方はわからない。その課題に対して、僕らは様々なケイパビリティやソリューションやサービスを提供していて、様々な会社がそれを必要としてくれているんだと思います。

相互補完関係を築くための協業

── それではNEW STANDARDとTOPPANの協業について聞かせてください。TOPPANがNEW STANDARDの話を初めて聞いたときの印象を教えてください。

菅野(TOPPAN CVC):

NEW STANDARDの既存投資家からTOPPAN CVCに声をかけていただき、私が久志さんと初回面談をしました。飯田が語ったように、NEW STANDARDの事業内容は難しいんですよね。最初の30分のミーティングでTOPPANグループと相性が良さそうな感触は掴んだのですが、その時点ではまだ十分に言語化できなかったんです。それでもう一回ミーティングをお願いして、なんとか理解できました。

菅野 清太郎|KANNO Seitaro
TOPPANホールディングス株式会社 事業開発本部 ビジネスイノベーションセンター  戦略投資部 事業共創チームリーダー
2007年に凸版印株式会社(現TOPPANホールディングス)に入社。出版社を中心とした営業部門に従事。その後、広告・キャンペーン・展覧会の展示などコンテンツに関わる企画・事業開発業務を経て、2021年に現部門に異動。スタートアップ各社との資本業務提携・事業開発、特にTOPPANグループとの共創推進を担当。グロービス経営大学院経営研究科経営専攻修了。

── 相性のよさはなぜ感じたのでしょうか。

菅野(TOPPAN CVC):

まず相対している顧客層が同じです。そうすると競合になってしまう可能性もありますが、TOPPANグループにない機能をNEW STANDARDが、NEW STANDARDにない機能をTOPPANが保有していると判断できたので、補完関係を築けるはずだと感じました。TOPPANグループは製造機能を起点に、パッケージによる商品外観・売り場装飾等のデザイン・造作や、キャンペーンの企画・実行・事務局といったコミュニケーション領域は得意ですが、先述の中島のユーザー視点についてのコメントにもあるように、その手前の「課題解決のためのデザイン」は不得手。両社が相互補完関係になれば新しい仕事ができる。そう思って事業部の中島に相談に行きました。

中島(TOPPAN):

私が所属しているのは、2023年に立ち上がったビジネストランスフォーメーションセンター所属のブランドマーケティング部です。企業・商品・サービスのブランディングからの顧客コミュニケーション設計をミッションとしている部署ですが、企業に比べて、商品とサービスブランディングはまだまだ弱く、テコ入れしなければならないと考えていたところに、NEW STANDARDを菅野から紹介されました。ですが、私もすぐにはNEW STANDARDのことが理解できなくて。得意先ニーズに合致するのか、すぐには判断できませんでした。でも菅野が「相性がいいはずだ」と説得を続けてくれて、ひとまず久志さんとお会いすることにしたんです。それでお話していくうちに、だんだんとNEW STANDARDの全体像が掴めてきて、いいタッグが組めそうだと感じました。

── NEW STANDARDから見たTOPPANの印象はいかがでしたか?

久志(NEW STANDARD):

TOPPANとNEW STANDARDは現在、クライアント企業への共同提案やトレンドレポートの共同制作、ブランド開発、コミュニケーションデザイン、デプスインタビューなど、いくつもプロジェクトを共同で進めています。これらはすべて、TOPPANと当初議論した際から思い描いていたものです。一つひとつその理由を説明させてもらって協業に繋げ、それらが集積することでこの協業は絶対にハマると、確信していました。

── TOPPANの協業に関する社内上程などは、すんなりいったのでしょうか。

中島(TOPPAN):

最近はクライアント企業から、例えば「テレビCMを打っても、WEB広告に取り組んでも売上に繋がらない」なんて相談が増えていて、TOPPANとしても「ブランド起点でビジネスを変えていく手法を確立しないといけない」と考えていたんです。そんなときにちょうどNEW STANDARDとの協業案が持ち込まれたので、試してみる価値はあると判断されました。

協業のポイントは「補完関係」と「人財育成」

── 両社は具体的に、どんな協業をしているのでしょうか。

菅野(TOPPAN CVC):

資本業務提携をするのであれば、何を目的に投資・協業するのかを具体的に設計しなければなりません。この点については、先述した事業の補完関係に加え、TOPPANグループの人財育成に寄与できるかという点を、中島達と擦り合わせていきました。

中島(TOPPAN):

人財育成については、久志さんが語ってくれた再現性に関係しています。トップクリエイターでなくてもマーケティング力を発揮できるということは、TOPPANグループの社員だけでも再現可能ということ。これが実現すれば大きな武器になります。この点には社内でも評価されました。ブランド開発がメソッド化されているのは、NEW STANDARDさんの強みですよね。

久志(NEW STANDARD):

そうですね。NEW STANDARDには、大きく3つのケイパビリティ(武器)があります。1つ目にデザイン思考などの「メソッド(方法論)」。2つ目がユーザー・トレンド・アイディアの「データベース」。3つ目にAIキュレーションなどの「ツール」。特にデータベースとツールが我々の独自性です。またツールについては現在、社内用だったものを整備して、外部パートナーやクライアントが使えるように改修を進めています。これをTOPPANに使っていただければ、NEW STANDARDの仕事の再現ができるようになるでしょう。

── では協業の大枠は「補完関係によるクライアントへの共同提案」と「TOPPAN社内の人財育成」ですね。

飯田(TOPPAN CVC):

そうですね。その2つについて、いくつかのプロジェクトを同時進行させています。まだ詳細は明かせませんが、両社がクライアント企業の案件を共同で提案・受注し、現在進めている案件もあります。

菅野(TOPPAN CVC):

他にも例えばNEW STANDARDが発行していたレポートを発展させた「What’s NEXT」と題したトレンドレポートを、食品・飲料業界、化粧品・トイレタリー業界、健康食品・ヘルスケア、金融など各業界向けに発行し、営業活動に活かしています。例えば食品メーカー向けにはウェルビーイングというテーマで、メーカーと相性の良さそうな健康食品のトレンドを紹介する、といった具合ですね。

NEW STANDARDとTOPPANが共同開発するトレンドレポートの一部

中島(TOPPAN):

またNEW STANDARDが開発する、MZ世代の潜在的な欲求やニーズの発見ができるリサーチ・サービス「インサイト・コンパス」は、将来的にTOPPANの調査チームがこのツールを活用しつつ、外販していく予定で、現在その準備を進めています。

また社内の人財育成という観点では、デザイン思考のワークショップを2日間かけて開催しました。時代が急激に変化し、ユーザーの価値観がスモールマス化された世界では、より多くのアイディアから解決策を導き出すことが必要となります。そのために必要なのがデザイン思考ですが、社内に統一的な研修を実施したことはありませんでした。そこでメンバー30名向けに2日かけてワークショップを実施したんです。

現在、そしてこれから取り掛かる、クライアント提案の価値を上げる協業内容

── 両社の協業が想定するのは、どんなクライアント企業でしょうか。

飯田(TOPPAN CVC):

NEW STANDARDとTOPPANの協業成果は、既存ブランドをMZ世代向けに届けたい、または新規ブランドを立ち上げたいと考えている飲料・化粧品・消費材などのメーカー各社を中心に届けたいと考えています。商品やサービスを軸としたブランドコンサル事業として、各業界に存在感を発揮していきたいですね。

中島(TOPPAN):

私の部門はこれまで、ブランドのプロモーションを中心に活動してきました。ですがその前には、ブランドの立ち上げや商品開発といったバリューチェーンが存在します。TOPPANはここにはなかなか入り込めていなかった。NEW STANDARDと協力することで、この領域にもしっかりと入り込んでいきたいと考えています。

── 「ワンストップ」で、ということですね。

中島(TOPPAN):

その通りです。ただ川上から川下までやるのは、本当に大変なんですよね。

久志(NEW STANDARD):

NEW STANDARDは「ブランド開発などの戦略レイヤーから、コミュニケーション開発などの下流まで」と、幅広いバリューチェーンに対応することを謳っていますが、これは本当に大変で。自分たちでも「バカだな」と思っています(笑)。ただ、だからこその強力な武器になることも間違いありません。本来であれば我々みたいな会社は、TOPPANや大手広告代理店からみたら、川下も川下のプレイヤー。それがバリューチェーンの全てに対応できるからこそ、対等にパートナーとして会話できるようになっている。本当にありがたいことだなと思います。

菅野(TOPPAN CVC):

NEW STANDARDが提供する「クリエイティブのバリューチェーン」のさらに川下にいて、製造やパッケージなどのデザイン、コミュニケーションを手掛けているのがTOPPAN。だからNEW STANDARD × TOPPANの構図を作りバリューチェーンを長くできれば、クライアント企業にとってはワンストップになるわけですね。

中島(TOPPAN):

ワンストップでブランド起点にソリューションを提供しようとすると、商品部、マーケティング部、経営企画、広報……と、クライアント企業の関係者がどんどん増えていくんです。それぞれがそれぞれの課題を抱えていて、我々はこれまでだったらわからなかった課題を把握できるようになります。その上で「アプリ導入が必要」となればDX、「コミュニケーションに課題」となればCXの話になる。ビジネストランスフォーメンションセンターのグロースという意味でも、これはとてもいいプロジェクトの進め方だと思っています。この取り組みはもっともっと広げていきたいですね。

菅野(TOPPAN CVC):

ところで、実は投資時に上程した協業内容には「プロダクトやツールの共同開発」という、まだ実現できていない項目があるんです。今後はこれにも注力していかないといけませんね。

久志(NEW STANDARD):

TOPPANグループのすごいところは、印刷テクノロジーに様々なサービスやソリューションをアドオンしている点だと思っています。NEW STANDARDは今、コンセプトやアイデアを自由エネルギー原理を用いたAIで評価するツールを開発しているので、これをTOPPANのパッケージ開発や印刷物にアドオンできるようにしたいです。これが実現できれば、これまでとは違ったやり方で、新しいブランド価値を築いて、今以上に意味のあるモノづくりができると思います。これを共同で模索したいですね。

菅野(TOPPAN CVC):

おっしゃるとおり、これが実現できればクライアントワークがパワーアップできると思います。今後も引き続き、よろしくお願いします。

久志(NEW STANDARD):

こちらこそ、よろしくお願いします。

(取材・執筆:pilot boat 納富隼平、撮影:ソネカワアキコ)