非連続のイノベーションを日本に誘う。TOPPAN CVCシリコンバレーオフィスの役割

2016年に産声をあげたTOPPAN CVC。それからの5年間で、50社以上のベンチャー企業に投資を重ねてきました。その中にはシリコンバレーの会社も数社含まれています。

2019年にシリコンバレーに赴任し、凸版印刷によるシリコンバレーのベンチャーへの投資を牽引してきたのが、ベンチャーキャピタル(以下「VC」)で経験を積んできた矢野です。担当したファンドが成功を収めるなど、ベンチャーキャピタリストとして豊富な経験を重ねた後、凸版印刷のCVCに参画しています。

矢野が凸版印刷のCVCに活動の場を移した背景や、活躍の場としてシリコンバレーを選んだ理由を尋ねました。


リーマンショック真っ只中にVCへ入社。最初は投資ができず

── 凸版印刷に来る前は独立系のVCにいたと聞きました。

そもそもベンチャーやVCに興味をもったのは、機関投資家だった父の影響です。「日本ではまだまだだけど、アメリカでVCは知名度が高くて憧れの職業の一つだ」なんて話をしていたのを覚えています。そんなこともあって、大学生のときからベンチャーに興味はあったのですが、自分にはベンチャーを立ち上げる根性もなければ知恵もないので、ベンチャーでインターンをしていたんです。

就活の際、当時日本のVCで新卒を募集している会社は少なかったのですが、その1社であるフューチャーベンチャーキャピタルに就職しました。2008年のことです。入社直後にリーマンショックが来たので、最初の数年間はほとんど投資が出来ない状況。その間行った業務はファンドレイズ、既存投資家対応、資金回収などで、想像した華やかな世界とは180度異なるものでした。ただ、これら業務を通してVCの本質、つまり「投資家からお金を預かり、決められた期間内で運用し、預かったお金を投資家に返すビジネスである」ということを学べたのも事実です。結果が全てで、投資家との約束を守れなければ次のファンドレイズが出来ず業界からの退出を迫られます。

これはTOPPAN CVCにも当てはまります。我々は他社からお金を預かっているわけではありませんが、社員が一生懸命稼いだお金を預かっているとも言えます。ですので、常に高い倫理観と運用受託者としての責任を持って投資から売却まで全うする必要がある。もちろん、ベンチャー投資ですから全ての投資先が成功するわけではありません。ただ失敗した時こそそれを認め、原因を分析し、投資家に丁寧に説明し、挽回策を講じることで、少しでもお金を回収することが必要です。

このような事を前職で身をもって体感できたことは、今のTOPPAN CVCでの活動にも生かされており、私がベンチャー投資に関わる上で大切にしている価値観となっています。

── 前職時代に、シリコンバレーとの関わりはあるのですか?

取引先でCVC設立を検討していた事業会社があったので、その調査という名目でシリコンバレーに何回か出張に行くことがありました。先述の通り父から本場アメリカのVCについては聞いていましたが、実際に会って話を聞いていると父の言っていることがわかってきました。同じ職業のはずなのに、彼らと私ではスケールが全然違う。彼らから語られる内容に衝撃を受けました。「VCというものは本来こういう仕事なのだろうな」と。

そうした思いを胸に秘めながら仕事をする中で、ひと区切りついたタイミングで知り合ったのが、後に転職することになる凸版印刷です。当時私は投資だけではなく大企業との関係構築も担当しており、丁度CVCを立ち上げていた時期の凸版印刷と出会いました。

── そこからどういう縁で凸版印刷に入社したのでしょう。

そもそも事業会社で投資をしたいと思った理由があります。VCがお金以外の付加価値をどうつけていくかというのは、キャピタリストなら誰しもが迷うポイント。特に私は新卒でVCに入ったので、投資先に「経営したこともないのに偉そうに」「新卒の若造が」なんて言われてしまうんです。じゃあ具体的な仕事を手伝えばいいのかというと、だったら社員になったほうがいい。

じゃあベンチャーにとって一番嬉しいのは何か。自分がキャピタリストという立場から手伝えるのかというと、「売上を作ること」に行き着きました。この点、目に見えた売り上げを立てられるのは事業会社です。ベンチャーのサービスを購入するという手もあれば、提携して他の会社に販売するという手段もある。一緒に新しいサービスをつくったっていい。

僕は経営者の経験がないのでハンズオンはできませんが、例えば「売上をつくる」という点なら人とは違うバリューを出せるのではないか。こう思って事業会社のCVCという立ち位置に興味をもったんです。そんなことを考えていた時に、TOPPAN CVCの方々とご縁があり入社しました。

── 凸版印刷に入社してすぐに海外赴任したのですか?

いえ、当時はまだCVCを立ち上げたばかりということもあって、2年ほどは日本で活動していました。後に上場する企業も含め、複数件投資を実行しています。

ただ凸版印刷は基本的に、協業の蓋然性がなければ投資しません。まして当時はまだ立ち上げ期だったので、投資に関しては社内外に丁寧な説明を心掛けていました。

── そんな中シリコンバレーに赴任することになります。

個人的にシリコンバレーに赴任したいという希望はもちろんありましたし、公言もしていました。会社としても新しい技術や事業を海外のベンチャーから取り入れた事例も過去にありましたし、海外事業を強化したいというタイミングでした。なのでまずは出張ベースでシリコンバレーに足を運び、結果的にオフィスを構えるに至ったのです。

「郷に入っては郷に従え」現地で成果を出すためのルール

── 実際にシリコンバレーに赴任してみての感想を教えて下さい。

シリコンバレーと日本では投資環境が全く異なると、駐在してみて改めて感じました。まず外部環境からしてアメリカのベンチャー投資額は約9兆円、それに対して日本は約4000億。GDPはアメリカが日本の4倍なのに、ベンチャー投資額では25倍もの差がある。圧倒的に金額規模が違いますよね。しかも最近はVCだけが投資しているのではなく、PEファンドもベンチャー投資に参入していて、投資側の競争環境が熾烈で簡単にはベンチャーに投資できません。現に他の日系企業は様々な苦労をしながら長年継続して活動した企業がようやく成果を出し始めたと聞いています。

ではその中でどうやって凸版印刷として成果を出すのか。答えは「郷に入っては郷に従え」です。投資のスピード感や契約方法を倣うだけではなく、ルールをわかっている現地の方の協力を得て、ベンチャー投資の現地化を進めていく。そうしないと勝負の土俵にも上がれないことすら少なくありません。

そのためシリコンバレー活動にあたっては現地の協力者が必要だと考えました。今では現地のVCやパートナー会社など様々な方に協力していただき、投資先を探しています。見ず知らずの人間がシリコンバレーのネットワークにイチから入るのは難しいですからね。

凸版印刷のキャピタリストとしての私のミッションは、投資はもちろん、その後に事業部や他の外部の会社との間をとりもち、投資したベンチャーの日本進出を手伝うことです。将来的には本格的に事業になったら買収するというのが、CVCによる投資のゴールの一つの形態だと考えています。

ストラテジックとファイナンシャルのバランス

── 実際の投資案件を教えて下さい。

日本進出支援という意味では、Retail as a Serviceをコンセプトに「売らないお店」を謳うb8taへの投資の事例がわかりやすいですね。b8taはシリコンバレーの会社なのですが、ちょうど日本市場への進出を考えていました。そのタイミングでCEOを紹介してもらい、日本市場進出に協力しています。またb8taにも凸版印刷のソリューションをいくつか出展しており、市場への本格投入の前にサービスの実証をしています。

    凸版印刷とb8ta Japan、バーチャル空間上でショッピングを可能にする「IoA Shopping™」を開発、「Virtual b8ta」で実証実験を開始 | 凸版印刷 https://www.toppan.co.jp/news/2021/03/newsrelease210322_2.html

── 投資基準は国内外で同じなのですか?

海外ベンチャーも投資基準は原則として日本国内と一緒です。ただシリコンバレーでの投資は非連続な領域、つまり今の凸版印刷が担っているエリアとは遠い事業を狙っているので、中長期の事業シナジーを狙っている場合が多いです。ストラテジック・リターンを求めるのはもちろん大事なのですが、ファイナンシャル・リターンへの意識、つまりはもう少しベンチャー企業自体の成長性を評価し、支援することも重要だなと、最近は感じているところです。

例えば投資先のOmni Labsはテレプレゼンスロボット、Inkbitは3Dプリンタの会社なので、凸版印刷と明日にでもシナジーを出すことはイメージしていません。投資やPoCを通じて非連続領域の市場や技術の可能性を見極めることに主眼を置いています。

シリコンバレーでの活動を永続的に

── 今注目している領域はありますか?

凸版印刷は2021年に、中期経営計画を発表しています。この中で「DX(Digital Transformation)」と「SX(Sustainable Transformation)」への注力を打ち出しました。DXは良く耳にする言葉ですが、SXは珍しいですよね。「サステナブルは社会貢献・CSRではなく、事業の中で実現していく」と考えており、ベンチャー投資に関しても中期計画を実現するためにサステナブル領域のソリューションを探しています。

── 今後のシリコンバレーでの展開を教えて下さい。

凸版印刷に限らず、技術の進化が早い現代において、どの会社にとっても非連続の領域を継続的に見ておくことは重要です。それを凸版印刷はシリコンバレーから見ることにしました。そのためにはアメリカでリサーチ、投資、事業開発という機能を永続的に回せる仕組みを作らなければいけないと考えています。

少し前の日本企業では、現地の駐在員が3~5年で代わってしまい、それまでの現地での経験やネットワークが途切れてしまうということが繰り返されてきました。また投資をしたとしてもシナジーしか重視しない投資をしてしまい、5年後に収益性が低いことを指摘され、結局投資事業から撤退させられてしまう。これはベンチャーにとっても会社にとっても損失です。

こういったことを避けるため、海外で永続的に活動できる仕組みを作るチャレンジしています。それがCVCにとっても会社にとっても、もちろんベンチャーにもいいことだろうと信じているからです。1社でも多く、シリコンバレーのベンチャーを日本に紹介できるように頑張っていきます。

(取材・執筆:pilot boat 納富 隼平)

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