海外スタートアップとの協業を加速させる。シリコンバレー2週間滞在型プログラム「Tech Scouting」の全容

TOPPANホールディングスは、2016年からCVC活動を開始し、これまで70社以上の国内外スタートアップに投資してきました。この流れを加速すべく、2022年には「TGVP(※)」を設立し、シリコンバレーを中心としたスタートアップに出資しています。

(※)登記名「Toppan Global Ventures Partners Inc.」

そのTGVPは2025年より海外スタートアップとTOPPANの協業を生み出すべく、Tech Scouting Program(以下「Tech Scouting」)を開始しました。これは日本のTOPPANの事業部メンバーに、2週間シリコンバレーに来てもらい、現地のスタートアップと直接面談しながら協業の可能性を探るプログラムです。

本記事ではTech Scoutingの目的や、その前提となる課題、プログラムの成果などについてお話を伺います。

海外スタートアップとの連携を阻む壁を取り除くためのプログラム

── 最初に、TGVPについて教えてください。

草野(TGVP):
TOPPANホールディングスは2022年に米国でCVC子会社の「TGVP」を設立しました。株式会社海外通信・放送・郵便事業支援機構(JICT)からも投資していただき、最終的なファンドサイズは総額約52百万米ドルの規模となっています。

TGVPの投資領域は、TOPPANの中期戦略に沿うDXやSX。シリコンバレーにオフィスを構え、アメリカのスタートアップを中心に、2026年4月時点で12社に投資しています。

草野 一成 | KUSANO Issei
Toppan Global Ventures Partners, Inc. Investment/Venture Partner 
2015年に凸版印刷に入社。九州事業部にて法人営業を経験後、同事業部の新事業開発部門へ異動し、トッパンオープンイノベーションプログラム「co-necto」の企画・運営、その後のスタートアップ企業との事業開発業務に従事。2020年にTOPPAN CVC部門へと異動し、資本業務提携による事業開発を推進。現在はTGVP所属、サンフランシスコに駐在し、海外スタートアップ投資と事業連携を推進。九州大学農学部卒。早稲田大学大学院 経営管理研究科(MBA) 卒。

── Tech Scoutingを始めた経緯を教えてください。

草野(TGVP):
TGVPでは投資活動に加え、海外スタートアップとTOPPANの事業開発支援もミッションの一つとしています。

TOPPANは多種多様なソリューションを展開しているので、様々な業種のスタートアップとの事業シナジーが生まれやすいんです。会社としてグローバルに力を入れているので、日本国内のスタートアップだけでなく、海外のスタートアップとTOPPANとのオープンイノベーションも更に推進したいと考えています。

ただ、だからといって、TGVPから「アメリカにこういう面白いスタートアップがあるのですが、興味はありますか?」と連絡をしたとしても、それだけで、当事者意識をもって前向きに連携を推進してもらうのは簡単ではありません。

特定のスタートアップに興味をもっていただいた方がいたとしても、スタートアップとの連携がその方のメインミッションというケースは少なく、業務提携を進めるにはリソース不足である点も課題です。それがクリアできたとしても、今度はスタートアップのソリューションを試す予算の制約や、連携プロセスが課題となります。相手が海外の会社なので、言語や商習慣、時差といったコミュニケーションの問題も挙げられます。

つまり、海外スタートアップと連携するためには、いくつもの課題があるのです。今回のTech Scoutingは、そういった海外スタートアップとの連携を阻む様々な壁を取り除くため、他社の取り組みも参考にして開発した支援プログラムとなっています。

── Tech Scoutingの全体像を教えてください。

草野(TGVP):
Tech Scoutingの目的は、スタートアップとTOPPANとの間で、インパクトの大きな連携や事業開発を創出することです。

先ほど複数の課題を挙げましたが、スタートアップ連携の起点は「当事者意識」です。これがないと連携の実行力や推進力は上がりません。この課題を解決するためTech Scoutingでは、TOPPANの事業部メンバーに2週間ほど実際にシリコンバレーに来ていただき、スタートアップとの直接面談を通して、当事者意識を醸成するようにしています。

具体的には以下のような設計としました。まずは、事業部の課題をピックアップし、一緒に整理することで課題の解像度を上げます。そこで出た各課題の解決に資するであろうスタートアップをTGVPが各課題につき50〜100社ほどリストアップし、事業部に共有します。事業部担当者は各社の概要を確認して「この会社には会いたい」「この会社はソリューションのイメージが異なる」と割り振りを実施。TGVPは「会いたい」と割り振られたスタートアップとアポをとり、1次面談を実施し、資金調達ニーズだけでなく、連携可能性があるかを確認します。

同時に、事業部の担当者がアメリカに来る期間を設定します。アポが取れ、連携可能性があるスタートアップとは、その期間に日本の事業部担当者と一緒にアメリカ現地で面談を実施。担当者の帰国後、PoCに進むかどうかを検討します。

提携ニーズが高い会社は徹底的に追いかける

── そのTech Scoutingを使ってシリコンバレーを訪問したのが宇田川さんですね。Tech Scoutingの話を聞いたのはいつ頃でしょうか。

宇田川(TOPPAN):
TOPPANのセキュアDX事業部所属の宇田川です。AI領域における事業開発や事業部でのAI実装・AI人材育成を推進する活動をしています。

アメリカに行く約5か月前の2025年3月頃に、上司経由でTech Scoutingの話を聞きました。正直に言うと、それまでも海外スタートアップとのコミュニケーションの機会はあったものの、協業するには至っていなかったんです。その中でシリコンバレーに2週間も行くことになったので、いきなり高いハードルが現れて驚きました。

宇田川 慎太郎 | UDAGAWA Shintaro
TOPPAN株式会社 情報ソリューションBU セキュアDX事業部 事業戦略部 AIビジネス企画Tチームリーダー
2006年に旧凸版印刷に入社。以来金融領域におけるアカウント営業として、多数の大型プロジェクトの受託・推進を経験。2023年の旧TOPPANエッジ設立時に事業開発部門に異動し、業界共通課題に対するサービス開発や生成AIに関連するビジネス開発を推進。現在は事業戦略に異動しAI分野における事業開発・事業実装・導入を推進。

── Tech Scoutingは事業部のニーズを把握することから始まるのでしたね。

草野(TGVP):
宇田川さんたちと議論したところ、OCRやエディター関連、AIエージェントなどに関する技術のニーズが高そうでした。ニーズに基づきそれらのソリューションや要素技術を持つ会社をソーシングし、提携候補先スタートアップリストを作成しました。

宇田川(TOPPAN):
最終的に、3課題合わせて150社くらいのリストが出てきましたが、目を通すのが大変でしたよ(笑)。数も多いですし、サイトの情報で充分にわかるわけではないので周辺情報を調べたり。DeepResearchがない時代だったらできなかったかもしれません。

草野(TGVP):
AIエージェントなんて、シリコンバレーだけでも数え切れないほどありますしね。むしろ150社では全然網羅できていないとも言えます(笑)。

宇田川(TOPPAN):
そこから「必ず面談したい」「面談したい」「可能であれば面談したい」というように、スタートアップを選択していきました。

草野(TGVP):
その割り振り後、TGVP側がスタートアップにコンタクトを取ります。もちろん、すぐに返事がくるスタートアップもあれば、反応がない会社もあります。そこからどれくらい追いかけるかは関心度合いにもよるのですが、「ぜひ面談したい」スタートアップであれば、まずCEOに連絡して、ダメならCTOに連絡して、その他のメンバーにも連絡、反応がなければウェブサイトからも問い合わせて…というように、粘り強くアクセスしました。最終的に1次面談に漕ぎ着けたのは、面談希望があった中の2割弱、25社程度です。

── スタートアップにはどのような内容を連絡したのでしょうか。

草野(TGVP):
Tech Scoutingの主目的は事業連携ですが、当然ながら我々TGVPは出資機能があるので、事業連携面と投資面の両面から連絡しました。そして初回面談をして、連携にも関心があれば宇田川さんとの面談に繋げます。先方にいただいた資料を事前に共有し、宇田川さんが来米する2週間で事業連携のための面談をスケジューリングするという感じですね。初回ミーティングは基本的に30分で、宇田川さんが来たときは1〜1.5時間程度の面談で設定しました。

── 調整が大変そうですね。

草野(TGVP):
直接スタートアップと会うため、それぞれの企業の所在地や移動時間なども考慮しなければならなかったですし、前後のブリーフィングの時間も必要です。かなり詰め込んだスケジュールにしていたので正直、めちゃくちゃ大変でした(笑)。

宇田川(TOPPAN):
2週間で5社しか会えなかったら僕も出張報告できませんから(笑)。それでも草野さんが頑張ってくれたおかげで、2週間の間だけで18社との面談に漕ぎ着けています(オンライン面談含む)。

── 海外のスタートアップは日本企業に対して、「スピードが遅い」「その場で何も決まらない」といった不満をもっていると聞きます。今回はネガティブな反応はありましたか?

草野(TGVP):
直接的にそういった内容を言われたことはないのですが、そのように感じている会社も中にはいたかもしれません。ただ、今回会っていただいた会社は、事前に「我々は日本の会社で、こういうニーズがあって…」という内容を伝えた上での2次面談だったので、そもそもあまりネガティブな印象はなく、むしろ前向きに話し合いをすることができたように感じています。

── 言語の問題は問題ありませんでしたか?

宇田川(TOPPAN):
自分は英語が堪能な方ではないので、草野さんが適宜通訳してくれました。

草野(TGVP):
といっても逐次通訳しているわけではないので、質疑応答の手伝いをしたくらいです。宇田川さんには事前に資料を確認していただいてブリーフィングも済ませていますし、スタートアップ側へもこちらの基礎的な情報は伝えた上で面談に臨んでいます。事前準備をどれくらい行うかが、面談をどれだけ有意義にするかの鍵ですね。

宇田川(TOPPAN):
確かに、我々がやりたいことと、それに対する課題、欲しいソリューションなどを草野さんが事前に共有してくれているから、当日の面談がスムーズに進んだ面はあると思います。

── 現地ではスタートアップとの面談以外には何かされたのでしょうか。

宇田川(TOPPAN):
当然ながら、TGVPのメンバーや他社の現地駐在員とのコミュニケーションはとりました。また、直接的な成果があったわけではありませんでしたが、AI関連のピッチイベントにも参加し、現地の空気を肌で感じています。

SVから帰ってきたあとの変化を実感

── 実際に現地に赴いた感想を教えてください。

宇田川(TOPPAN):
言語化するのは難しいのですが、やはり得るものは多かったですね。

オンラインだと言語の問題もあって細部を詰めにくいものですが、同じ空間にいたらホワイトボードを使って議論したりして、効果的に時間を使えました。オンラインよりはるかに効果があったのは間違いありません。

また、シリコンバレーを訪れる前は、日本は色々な意味でガラパゴス化していると思っていました。しかし実際にアメリカのスタートアップとディスカッションをしてみると、業界が直面している課題という意味ではどこもあまり変わらないみたいですね。特に規制産業においてはその傾向が強いように感じました。これも実際に足を運んだからこそわかったことです。

── Tech Scoutingの肝は、当事者意識の醸成でした。海外スタートアップとの連携は進みそうでしょうか。

宇田川(TOPPAN):
Tech Scoutingを経て、自分は海外スタートアップとの連携に対する抵抗が一気に下がりました。色々と語ってきましたが、これが最大の効果だと言っていいかもしれません。

自分だけでなく事前のリサーチ中に議論していたチームメンバーも、今は多少なりとも海外スタートアップとの連携を自分事として捉え、連携を進めてくれています。この経験は後々、個人としても会社としても、海外スタートアップとの技術的な連携を推進していくためのアドバンテージになると感じています。

草野(TGVP):
宇田川さんがシリコンバレーに来る前に、あるスタートアップを紹介したのですが、そのときは特に連携検討が進みませんでした。後に宇田川さんは「連携の可能性はあったが、色々なハードルを感じて躊躇った」と話していましたよね。

ただTech Scoutingを経た後、「今ならもっと連携を前向きに進めることができる」と振り返っていました。そういった感想が出てきたことにも、自分はプログラムの手応えを感じたし、嬉しかったです。

宇田川(TOPPAN):
海外のスタートアップをみて、国内のAIスタートアップの見方も変わりました。海外のスタートアップは、かなり技術的特徴をアピールしてくるんですよね。それに比べると日本はそうでもない気がします。

ただ、それは日本の技術が劣っているという意味ではありません。単にアピールしていないだけというケースも珍しくないです。どこに技術的優位性があるのかは、自分で確認しながらスタートアップと向き合わなければならないと今は思っています。

── Tech Scouting運営者の立場からの実感を教えてください。

草野(TGVP):
宇田川さんに限らず、実際に2週間のプログラムを終えた方は、連携に対する心理的ハードルが明らかに下がっていて、TGVPとしても手応えを感じています。

このプログラムを成功させる鍵は、プログラムを提供する側と参加する側の相互のコミットメントです。提供側は事業部のニーズを深く理解して、スタートアップリストを作成して、丁寧に事前のコーディネーションを実施する。参加側も事前にちゃんとスタートアップのことを調べておくなどの準備が大切です。宇田川さんたちは本当に高いレベルでそれに対応してくれました。心から感謝しています。

── 社内外から「シリコンバレーに行くか検討している」と相談されたら、何と答えますか?

宇田川(TOPPAN):
少なくともAIに関して何か取り組みたいと考えているなら、絶対に行くべきだと思います。時間と費用はかかりますが、それ以上に得るものは大きいと感じます。

ただ、滞在中は草野さんがフォローしてくれたとはいえ、やはり語学力の重要性を感じました。当たり前のことなんですけどね。自分の言葉で議論して、議論を深めていくことでお互いの理解が深まるものです。英語ができるから海外に行くのではなく、ビジネスや技術のわかる人が英語力を身につけ、海外に出ていくことが大事だと思います。

── 今後はどの程度のペースでTech Scoutingを運営していくのでしょうか。

草野(TGVP):
原則は半期に1回のペースで実施していく予定です。これまで宇田川さん達を含めて2回実施してきましたが、我々が慣れてきたこともあって、次は部門を跨いだ内容や同時に複数のプログラムを行うことも視野に入れています。とはいえ、関与する人が増えると元々の課題だった当事者意識が薄れる可能性もあるので、バランスを調整しながら運営していかなければならないと思っています。

どのような形になるにせよ、このプログラムを通して海外スタートアップとTOPPANの連携を一つでも多く生み出していきたいですね。

  ── 宇田川さん、草野さん、本日はありがとうございました。

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以上、Tech Scoutingの概要を紹介してきました。次の記事では、同プログラムを利用してコンタクトを取ったスタートアップ「Outerport」とTOPPANの協業事例を紹介します。

 

(取材・執筆:pilot boat)