「責任が取れるオープンイノベーション」でしかつくれない未来の金融体験。次世代型クレカNudge × 凸版印刷 協業の舞台裏

2021年、凸版印刷はナッジ株式会社(以下「ナッジ」)との資本業務提携を発表しました。ナッジが提供する次世代型クレジットカード「Nudge」は、アプリからの申込みやシンプルな審査、使い過ぎの防止等の面から従来のクレジットカードを進化させており、将来的なチャレンジャーバンク(銀行等の金融免許をもち、スマホ等で金融サービスを提供する企業)を目指しています。

凸版印刷はクレジットカード等のセキュリティ商材や、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)を始めとする運用プロセスに強みをもっているので、一見するとシナジーは簡単に見出せそうです。しかし投資を担当した内田は「純粋なチャレンジャーバンクだったら投資は難しかったかもしれない」と語ります。

またナッジは「株主とのオープンイノベーション」で事業を推進することを公言。社員は十数名ながら100名を超える関係者がSlackに所属しています。

ナッジの強みや、オープンイノベーションの真、未来の金融体験まで、ナッジにお話を伺いました。

(※)以下、会社を指す場合は「ナッジ」、サービスを指す場合は「Nudge」と記載します。また、写真撮影時のみマスクを外しております。

スポーツやエンタメだけではない、オリジナルクラブの価値

── Nudgeの概要を教えて下さい。

沖田(ナッジ):
Nudgeは好きなアーティストや団体、作品に貢献できるクレジットカードです。通常のクレジットカードですと、購入したらポイントがもらえて、他の買い物をするときにポイント分値引きされる、というパターンが多いかと思います。他方でNudgeの特徴は、そのポイントが「クラブ」と呼ばれる提携先、つまり応援したい団体に入ることです。例えばプロバスケットボールチームのようなスポーツチームや、アイドルグループ等が現在Nudgeでカードを発行しています。

沖田 貴史 | Okita Takashi
ナッジ株式会社 代表取締役
一橋大学商学部経営学科在学中に、米国CyberCash社の日本法人であるサイバーキャッシュ株式会社(現ベリトランス の)の立ち上げに参加し、2015年まで代表取締役CEO。
2012年デジタルガレージ傘下としてecontext ASIA社を共同創業し、翌2013年香港証券取引所に上場。 2016年に、SBI Ripple Asia株式会社代表取締役に就任し、ブロックチェーン技術の日本・アジアでの実用化に貢献。
その間、米国Ripple社、インドネシアtokopedia社などのユニコーン企業の役員も歴任。 主な公職に、金融審議会専門委員、SBI大学院大学経営管理研究科教授など。日経ビジネス 2014年日本の主役100人に選出。

── 2022年3月には「ウクライナ人道支援」クラブの立ち上げがリリースされていました。

石田(ナッジ):
Nudgeは、スポーツチームやアイドルだけでなく、応援したい個人・企業・団体誰にでも使える仕組みです。それで昨今のウクライナ情勢を鑑み利用額の一部を人道支援に寄付をする仕組みのカードを発行しました。

石田 真史|Ishida Masafumi(写真右)
ナッジ株式会社
2021年12月にナッジ株式会社に入社。BizDevを主に経営企画、資金調達、経理を担当。それ以前は、三井住友信託銀行に約14年勤務。個人・法人営業の他、直近5年間は主に経営企画部にて、新規事業開発やアライアンス・M&A、ベンチャー企業への出資、JVの運営・管理等に従事。

沖田(ナッジ):
立ち上げ当初、周りの方々にNudgeのことを説明していたら「これってふるさと納税みたいですね」と言われたんです。「自分で負担しなくても誰かの応援ができるのに、リワードももらえる」と。なるほどと思って、オリジナルクラブの立ち上げを始めました。

大塚(ナッジ):
ウクライナ支援のクラブは寄付のハードルを下げることを目的としています。何か全国的・世界的なトラブルがあったときに寄付を考える方は大勢いると思うのですが、どこに寄付すればいいかわからない、わざわざ決済するのは大変と、心理的なハードルを抱える方も多いのではないでしょうか。

でもNudgeがオリジナルでクラブを立ち上げれば、「クレジットカードだけ変えれば、あとはいつもどおりに買い物するだけ」で、いつの間にか寄付ができてしまう。ベーシックなスキームはその他のクラブと同じで、寄付の出口を作ったというわけです。

大塚 和慶|Otsuka Kazunori(写真中央)
ナッジ株式会社
2021年10月ナッジ株式会社入社。主にBizDevを担当し、「ソーシャルグッド」なクラブの立上げや、NFTに関するプロジェクトを担当。ナッジ以前は、2011年に金融庁に入庁し、地銀、金融商品取引業者の監督業務や、総合的な政策立案・調整業務に従事。直近はロンドンの日本国大使館に金融アタッシェとして勤務しており、英国FinTechの調査等を行う。

石田(ナッジ):
過去にはウクライナだけでなく、トンガの噴火のときにもオリジナルのクラブを立ち上げました。自治体、あしなが育英会、保護猫等のクラブもありますよ。

── Nudgeの仕組みと相性がいいのはどういうクラブでしょうか?

沖田(ナッジ):
伸びるという意味ではエンタメですね。タレントやアーティスト、アニメコンテンツとは相性がいいように感じています。

ただNudgeの強みは「1枚からでも発行できる」という点。例えばスポーツにしても、バスケットボールは人気ですが、野球やサッカーほどプロチームには歴史がないし、他競技で新興のプロリーグはたくさんあります。でも、バスケットボールが大好きなファンは一定数いる。こういうニッチなところもナッジとしては大切にしていきたいと考えています。

石田(ナッジ):
バスケットボールチームでNudgeの発行を検討しているチームの中には、社会貢献活動の専用クラブ立ち上げを検討しているチームも有ります。例えば地域支援といった社会貢献活動は活動資金の確保が難しく、Nudgeのクラブの収益を地域支援活動の原資とすることを検討しているクラブも有ります。Nudgeの仕組みを使えば、色々な人たちに多様な支援をしていくことができるんだなと実感しました。


Nudgeのクラブの一例。スポーツチーム・企業・アーティストまで、様々なクラブがある(ナッジのHPより)

「株主とのオープンイノベーション」の真意

── ナッジの組織運営について聞かせて下さい。ナッジはチャレンジャーバンクを目指しているということもあって、金融に詳しいメンバーが多い印象です。

沖田(ナッジ):
私自身25年間一貫してFintechに携わった後にナッジを創業していますし、今日来てもらっている2人も、立場は違えど金融畑出身です。

石田(ナッジ):
私は三井住友信託銀行で14年働いた後、ナッジにジョインしました。BizDevのほか、ナッジは事業特性上デッドファイナンスが重要で、その担当もしています。前職時代にCVCでスタートアップ企業への出資も経験したので、資本での資金調達やオープンイノベーションに役立っています。

大塚(ナッジ):
私は金融庁に約10年務めたあと、ナッジに入社しています。入社直前までロンドンの日本大使館に出向していたのですが、ロンドンはチャレンジャーバンクのメッカみたいな場所なんです。本場で色々な経験をして、Nudgeの開発にも生かしています。

沖田(ナッジ):
金融庁もですが、日本の官僚は社外国に比べ圧倒的に人数が少ないんですよね。少人数から国家単位の大規模プロジェクトを生み出していくという意味では、スタートアップっぽい面もあるんです。

ナッジは社員十数名なのですが、藤崎さんのようにほとんどナッジの社員みたいに動いてくれている「バーチャル社員」を含めたら100人以上の会社です。会社のSlackにも皆さん入っていますしね。


Nudgeで発行するクレジットカード

── ナッジは「株主とのオープンイノベーション」を謳っていて、株主の会社のメンバーも深くコミットしているそうですね。藤崎さんも凸版印刷の営業という立場からナッジに関わっていますが、ナッジはどんな印象ですか?

藤崎(凸版印刷):
やはり普通の企業とはスピード感が違います。意思決定が早いんです。加えて、ナッジは「曖昧さ」がある中でも、まず動き出す。新規事業に携わるときはこういうスピード感が大事なんだなと学びました。

藤崎 毅|Tsuyoshi Fujisaki
凸版印刷株式会社
情報コミュニケーション事業本部 セキュア事業部 第二営業本部第二部 部長
2002年凸版印刷入社。入社以来、金融系クライアントの営業として、大手金融機関に対して多岐にわたるコミュニケーション領域の支援業務に従事。銀行・証券・生損保と金融業界を幅広く担当し、デジタル領域においては2019年・ 2021年に損保業界の案件でグッドデザイン賞を受賞。

沖田(ナッジ):
私もある程度大きな組織にいたからわかりますが、組織が大きいと「担当者が一番詳しいのに責任が取れない」んですよね。利害関係者がたくさんいるから。でもスタートアップなら創業者が責任を取ればいいだけです。「責任は私が取るのでみんなでやろう」と言える。それで意思決定スピードを早められるんです。創業者が会社にいるか、責任を取れるような役職・役割の人が近くにいるかというのがポイントで、藤崎さんからみればナッジの社長である私が近くにいたからスピード感を覚えたんでしょうね。

藤崎(凸版印刷):
なるほど。スタートアップの利点ですね。私に限らず、いろんな会社からナッジにメンバーが集まってきていて、それを束ねているのも印象的です。

沖田(ナッジ):
ナッジ全体で、藤崎さんみたいに株主企業から深く関わっていただいて「オープンイノベーション」をしているんです。

私としては、これまでのオープンイノベーションは大企業によるスタートアップの社会科見学の段階という印象です。「スタートアップってスピード早いんですね」「ジーパンなんですね」って。異文化コミュニケーションみたいなイメージでしょうか。

別にそれが悪いわけではありません。ただ本当のオープンイノベーションでは、もっとスタートアップと大企業が一体となって学ぶべきだし、その上で双方がメリットを享受すべき。それで株主には深く関わって頂いているんです。

単なるチャレンジャーバンクでは投資には至らなかった

── ナッジと凸版印刷は2021年に資本業務提携を結んでいます。提携の内容を教えて下さい。

沖田(ナッジ):
まず印刷の部分で、封筒やそれに入れる規約作成を手伝ってもらいました。またテクノロジー面では、ICカードの製造から発行までご協力頂いています。というのも、クレジットカードというのは単なるプラスチックというわけではなく、ICの部分に高度なテクノロジーが必要なんです。凸版印刷は昔からここのノウハウをもっているので、Nudgeには不可欠なパートナーでした。

藤崎(凸版印刷):
クレジットカードですから、当然自由気ままに作るわけにはいかず、ルールに則って作らなければいけません。なにか1つでも間違いがあると、お客さまが決済できなくなってしまうのですから当然です。特にセキュリティ面は暗号化の手順や鍵の作り方が何パターンもあるし、少しずつ(Nudgeが提携している)VISAのレギュレーションも変わっていく。それに対応するにはやはりノウハウが必要です。また、Nudgeの強みである「1枚からでも発行できる」という点は、凸版印刷の「オンデマンドカード印刷」技術を活用いただいています。

沖田(ナッジ):
ただ我々はオープンイノベーションで物事を進めているので、普通とは取引の進め方が違います。通常の取引では、A・B・Cという3つの選択肢が存在すれば、凸版印刷さんはナッジにその3パターンを提示しますよね。だって責任がとれませんから。それでナッジ側が精査してどれかを選ぶ。でも、凸版印刷側は「絶対にAパターンがいい」と思っているケースも少なくありません。それでナッジがBを選んだら、誰も幸せにならないわけです。

でもオープンイノベーションで同じ方向を向いて「ワンチーム」として動くのなら、凸版印刷は進んでAパターンを薦めるし、ナッジもそれを信じて採用できる。株主の皆さんとは運命共同体ですから、サービスをデザインするところから、一緒に事業を作り上げていっています。

── そもそも、凸版印刷はなぜナッジに出資したのでしょうか。出資を担当した内田さん、いかがでしょうか。

内田(凸版印刷):
まず私の上司である朝田と沖田さんが、沖田さんが前々職の時代からの知り合いだったんです。そのご縁でNudgeがまだ構想段階だったときに、お話を聞きました。正直に言うと、単にクレジットカードをネオバンク、将来的にはチャレンジャーバンクとして運営するというだけでは、出資には至らなかったと思います。

内田 多|Masaru Uchida(写真左)
凸版印刷株式会社 戦略投資部主任
2010年 凸版印刷入社。法務本部にて、BookLiveやマピオン等のデジタルコンテンツ領域を中心に法務業務に従事。広告企画・開発部門を経て、2016年より、経営企画本部にて、ベンチャー投資およびM&Aを通じた事業開発を担当。サウンドファン、キメラ、combo、ナッジ、Liberawareなどを担当(comboの事業推進担当を兼務)。早稲田大学大学院 経営管理研究科修了。早稲田大学イノベーション・ファイナンス国際研究所招聘研究員。

内田(凸版印刷):
ただ「好きなクラブのカードをもつ」というコンセプトや、ブランドとのタイアップというNudgeの側面には惹かれました。ポイント還元率で勝負しないし、クリエイターエコノミー的な文脈も面白い。凸版印刷ではシード投資は割合として少なかったのですが「沖田さんだったら」と、出資を決めました。

── Nudgeには、金融の側面とスポーツチーム等のコミュニティ的な側面があると思います。凸版印刷は金融セキュリティに強みがあると思いますが、惹かれたのは後者だったんですね。

内田(凸版印刷):
金融事業者向けのサービスだけ考えると、一点物のカードをつくれる技術は凸版印刷に強みがあるので、出資せずとも仕事にはなったと思うんです。でもそれだと、我々が単にスタートアップから仕事を受注したという関係になってしまう。それはTOPPAN CVCの本意ではありません。そうではなく我々は、一緒にお互いの売上を作りたくて、そのための事業を作りたいんです。それで出資させていただいて、資本業務提携という道を選びました。

ナッジ連合が作る、未来の金融体験

沖田(ナッジ):
一つ宣伝しておくと、凸版印刷は株主だからといって「凸版印刷のライバルとは取引するな」といったことは言ってきませんよ(笑)。

内田(凸版印刷):
宣伝ありがとうございます、もちろん仕事をいただけるのもありがたいですけどね(笑)。

内田(凸版印刷):
凸版印刷は色んな事業を運営しているので、ナッジの事業が進捗すると「凸版印刷でも対応できる仕事を他社にお願いしたい」といったケースも出てきます。もちろん凸版印刷としてはベストを尽くしますが、それでもより付加価値の大きい他社と取引したほうが事業上はベターな場合もあるでしょう。

そんなとき、場合によっては「株主」という関係性が判断に影響しそうなものですが、沖田さんは是々非々で案件ごとに判断します。ナッジとの資本業務提携は、凸版印刷としても新しい事業機会の探索と位置付けているので、むしろ凸版印刷としては「事前に話ができていれば、それでいいよね」と思っている。流石に一緒に構想した事業案をナッジが他社と別の枠組みでやられてしまうのは困りますが(笑)。

事業連携して人間関係を大事にしてチームは作るものの、他方で事業は事業としてより良い選択を考える。会社にとってベストな選択肢を取れるところは、さすがだなと舌を巻いています。

沖田(ナッジ):
もちろん株主は大事なのですが、出資していただく際に「一番大事なのはエンドユーザーです」「未来の金融体験を一緒に作りましょう」と約束していますからね。ユーザーが第一。これは関係者全員の判断軸として共有されています。

── 「未来の金融体験」とはどういうイメージでしょうか。

沖田(ナッジ):
「金融」という言葉を聞いて、ポジティブな連想をする人はあまりいないと思うんです。私も25年金融業界に身を置いていますが、なんとなく金融を語りだすと申し訳ない気持ちを抱いてしまいます。つまらない話を聞かせているかなって。

ただ本来、金融自体は人に誇れる良い仕事のはずです。でも金融サービスという観点では良いものと捉えられることは少ない。それもあって、世の中のキャッシュレス化はあまり進んでいません。各社「お得だから使ってね!」とキャンペーンをしていますが、お得感に反応する消費者はもうキャッシュレスに移っていると思います。

じゃあ他の方々をどうキャッシュレスに導くかというと、「楽しさ」が必要だと思うんですよね。今のNudgeで言うと、ファンコミュニティと連動するというのは、一つの楽しさだと思います。金融をもっと楽しくしていく。細かいことは色々考えていますが、これが「未来の金融体験」の大枠です。

藤崎(凸版印刷):
「楽しさの提供」には「金融×何か」という視点が必要になってくるかと思います。凸版印刷としては2万社を超える多業種の顧客基盤を抱えており、出版社との連携を始めコンテンツを作っていくという面からナッジに貢献していきたい。加えて、クラブオーナー側のエンゲージメントやBPOという面からもやれることがあると思うので、これから一緒に仕掛けていきます。

内田(凸版印刷):
「なぜ消費者がNudgeのカードを使うのか」はポイントになると思っています。

現代において、凸版印刷が商いとしてきた通帳や各種申込帳票はペーパーレスの影響で発行量が減っています。じゃあ今何が大事なのかというと「体験」ですよね。

ナッジがチャレンジャーバンクとして将来金融ライセンスを取得するとなれば、絶対に「良い体験」を作ってくれる。そのとき凸版印刷の強みであるセキュリティやコンテンツでどう貢献するかは、大事な視点だと思っています。

沖田(ナッジ):
ナッジが為そうとしていることは、ナッジ単独では難しいと認識しています。かといって凸版印刷や既存の金融機関が独力でやろうとしたら、かなり時間がかかってしまう。だからナッジと凸版印刷が一緒の船に乗ることが大事なんです。

Nudgeを成功させて、その内容をそのまま業界のスタンダードにしていきたいし、「次の金融体験やスタンダード」を一緒に作り、オープンイノベーションを成功させたいとも思っています。凸版印刷としても、単に投資先の一つとしてナッジが成功するよりも、一緒に成功することが大事なんじゃないですかね。

藤崎(凸版印刷):
今後もナッジのオープンイノベーションメンバーとして頑張っていきます。よろしくお願いします。

沖田・石田・大塚:
こちらこそ、よろしくお願いします。

(取材・執筆:pilot boat 納富 隼平、撮影:ソネカワアキコ)